TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

ABARTH 500R3T

アバルト500をベースとしたラリーマシン、アバルト500R3T。ここでは、ラリードライバーのマッドドッグ三好こと三好秀昌氏にステアリングを委ねてみた。果たして500R3Tのパフォーマンスや、いかに?

TEXT / 三好秀昌 PHOTO / 山本佳吾

アバルトのラリーカーをサーキットで試す

「前にも似たようなことがあったぞ」やたらとデジャブ感がある今日の試乗。「そうだ、思い出した! 英国でスバル・インプレッサWRC2000のテストドライブをした時だ!」 。あの時は、試乗が終わってから当時のエース・ドライバーであるリチャード・バーンズに「どうだった?」って聞かれたんだった。なんとリチャードが乗る前のワークスマシンを、オイラはドライブさせてもらったのだ。

目の前にあるアバルト500R3Tというネーミングの小洒落たラリーマシン。何と今日がシェイクダウンだという(2014年取材時)。そしてドライバーを務める眞貝知志選手はこの場にいない。また本命より先にドライブという幸せ! 今シーズンこのマシンのメンテナンスとサービスを行うSRS(シロキヤレーシングサービス)の金子敏邦さん(オイラにとってラリー界の大先輩)がウォームアップ走行をしてくれ、「はい、どうぞ!」とステアリングを託された。信用してもらっているのを裏切らないよう、慎重にドライブしなければ! このマシンはWRC(世界ラリー選手権)のR3規定に則ってイタリアのアバルトで製作されたものだ。詳細は長くなるので省くが、このクルマに乗り込めばWRCの車検をパスし、そのままWRCドライバーにもなれるマシンなのである。

ただ日本での立場は微妙だ。国内ラリーの車両規則が完全にインターナショナルなところから遅れてしまっているために、全日本ラリー選手権枠からはみ出てしまうのだ。そこで今シーズンはテストケースとして規則に制約が少ない「オープンクラス」へのテスト参戦となる。もっとも、この参戦による国内ラリー規則の整備促進効果に期待したい。

早速500を近くで見てみる。誰もが持つ視覚的印象の「可愛らしさ」は、近づいてドアを開けた瞬間、「スパルタンさ」に変わっていく。

各部に配されたカーボンパーツや機能優先のレーシングギアの鈍い輝きに、このマシンが生粋のレーシングカーであることが表れている。コックピットドリルを受け、スイッチ類の役割を理解しなければ動かせない特殊なマシンなのである。

儀式に従いアバルト500R3Tのメインスイッチとイグニッションをオンにし、スターターボタンを押し、1.4リッターのターボエンジンに火を入れる。

ツインプレートのクラッチを切り、ステアリング右横に伸びるシフトレバーを勢いよく引く。「ガコンッ!」。金属が激しく衝突するような音とともに、ノンシンクロのドグミッションが1速にリリースされる。このタイプのレーシング・ミッションは恐る恐るレバーを引いていてはギアは素直に入らない。ちょっと手荒いぐらいが一番適しているのだ。ちなみにその横に、いかにもシフトのような顔をしてフロアから生えているレバーは油圧式サイドブレーキだ。

クラッチは重くはないが、半クラッチには繊細さが要求される。低回転域のトルクが薄いせいもあり、エンジン回転は3500r.p.m.ぐらいをキープしないとスムーズなスタートはできない。

センター・ディスプレイにはタコメーターや各種データが表示されるが、いざ戦闘モードとなればそこを見ている余裕はない。そのためにステアリング越しに見えるパネルには小さなインジケーターランプがあり、アクセルを踏んでいってこのランプが付いたらシフトアップするわけだ。ランプ点灯は5500r.p.m.。どのギアでもここでシフトアップするとだいたい4000r.p.m.あたりで次のギアにつながるという。

*取材記事はデビュー時の2014年のものです。アバルト500R3Tはその後、各地で活躍を見せました!

全開でいってランプオンでシフトレバーを引く。ひたすらこの繰り返しでレーシングスピードに突入していくのだ。シフトはドグタイプだからクラッチ操作はいらない。またシーケンシャルシフトはHパターンのような引っかかりもなく、シフト時のロスは最小限で切れ目の無い加速感が続く。操作フィーリングは最高で、試乗中一度もシフトミスがでないほどの完成度も素晴らしい。

エンジンは1400㏄ターボではあるが、それほどパワフルではない。ターボリストリクターが29mmというサイズのせいで、かなりパワー制限が掛かっているからだ。しかしクロスしたギヤ比との相性は抜群で、軽い車重と相まってスピードの乗りはとても良い。パワーバンドはギアレンジとほぼ同じ4000~5500r.p.m.。1500r.p.m.の範囲は狭く感じるが、このレンジでのトルクはフラットで扱いやすい。

しかし3500r.p.m.以下ではターボラグが大きく、そこをボーダーラインとして細かいシフト操作でパワーバンドを維持する。これこそマシンを速く走らせるポイントになるだろう。

サスペンションはまだセットアップしていない状態で、ショックの減衰力調整も行われていなかった。そしてタイヤはBF グッドリッチのワンメイク用セミスリック。このタイヤは国内ラリーでは使用できない。実際これからの足まわりのセットアップは使用するタイヤと合わせてトータルで行う必要があるため、今現在では手つかずの状態なのだ。

この状態での操縦性はリアタイヤの挙動がとてもナーバスで、激しいブレーキングではテールスライドしやすくオーバーステアの挙動を示している。だがコーナリングを開始したあとの安定感の良さや踏ん張りはクルマの軽さも相まって、とても高いポテンシャルを見せた。

ヘアピンなどRのきついコーナーの立ち上がりでフルパワーを掛けると、ターボのトルクの急激な立ち上がりと2ウェイタイプのLSDの癖がマッチしてしまい、わずかなキックバックとアンダーステアが見られる。とはいえ本番用タイヤの性能とショックの組み合わせ車高やキャンバーといったアジャスタブル機構を生かすことで、これらのウィークポイントは解消していけるだろう。ノンサーボの重いブレーキも同様に、パッドの種類や前後バランス調整機構を活用すればより戦闘的なセットアップへと変わるだろう。

まさに走り出したばかりのリアルラリーマシンはオイラではなく本番ドライバー、眞貝知志の”セットアップ”を待っている。その時初めてこのマシン本来のポテンシャルが炸裂するのだろうが、時折垣間見せるレーシングスピードは、オイラの気持ちを熱くさせるだけの”速さ”を充分に秘めていた。

シェイクダウン前にマシンの操作方法を確認。「見た目はコロッとカワイイのに、ちゃんとマシンだぜ」

スタート直前「まだセッティング前だから」と言っていたが、走行ではエキゾーストノートを響かせていた。

SPECIFICATION
ABARTH 500R3T
全長×全幅:3657×1627mm
ホイールベース:2295mm
車両重量:1080kg
エンジン形式:直列4気筒DOHCターボ
排気量:1368cc
最高出力:180ps/5500r.p.m.
最大トルク:30.6kg-m/3000r.p.m.

変速機:6速M/T
ステアリング形式:ラック&ピニオン
懸架装置(F/R):マクファーソン/トーションビーム
制動装置(F/R):ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ(F&R)200/50-17(ドライ&ウェット)
ホイール(F/R)7*17 ET32

PROFILE/マッドドッグ三好

ラリードライバー、自動車ジャーナリスト。1995、96年サファリラリーグループN優勝、2008年FIAアフリカ・ラリー選手権チャンピオンと輝かしい経歴を持つ。愛車はシトロエンDS4とスバル360。