TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

CITROËN 2CV

2008年のパリサロンに突如現れた2CV。チョコレートのような光沢のあるブラウンにペイントされた2CVは、来場者の目を釘付けにして離さなかった。驚くべきはそのインテリア。シートやトリムはもちろん、シフトノブやステアリング、ダッシュボード、ホーンボタン、ライトスイッチに至るまで、全てが上質な革で覆われていたのだ。仕掛け人はかのエルメス。今回は、その「2CVエルメス」をオマージュする一台をご紹介する。

TEXT / 嶋田智之 PHOTO / 内藤敬仁
SPECIAL THANKS / ケントスピード(https://kentspeed.net/

鉄と革が織りなす豊かな時間

スピードに飽きたわけじゃない。それにいつかはその日が来るのかも知れないけど、畏怖の念を山ほど抱いてはいるけど、だからといって速さというものに恐怖を感じたりしてるのでもない。なのになぜか、スロットルペダルを無意識に深く踏み込むことが、ほとんどなくなった。そりゃこんな仕事だ。踏むべき時と場合にはちゃんと踏む。そりゃクルマ好きだ。踏みたくなったときに踏める状況・環境にあるならキッチリ踏ませてもらうし、楽しませてもらう。だけど、昔のようにスピードに執着してるようなところはないし、とんでもないスピードの中にいるからといって、その速さに血が躍るような興奮を覚えることもない。楽しさを感じているときもあれば、静かな心持ちでその状況を見つめているようなときもある。公道を走る限りにおいてはスピードそのものには大して意味はなく、スピード“感”の方が遙かに大切であることや、クルマにはそれぞれ固有の心地好いと感じられるゾーンがあって、そこで走ってるときが最も楽しいということ。そうした諸々が長年の間に自分に染み通ったからなのか。まぁ、ぶっちゃけ、自分でもよく解ってはいないのだけど。

ただひとつハッキリと言えるのは、ゆっくり走るのも気持ちいいな……みたいに感じ、その充足感に抱かれている時間というのが確かにある、ということだ。

10年ぐらい前までは一度たりともそんなふうに感じたことはなかったかも知れないな、と思い至った。性格的なモノも大きいのだろうけど、とにかくいつだって時間がなかった。いつも急いでいた。今もそれなりに忙しくしてはいるけど、日々を焦ってたとしかいいようがないような暮らしだった。もしかしたら、常にスピードを追い求めるようだったのは、スピードが快感であることと別に、いや、もしかしたらそっちの方が理由としては大きかったのかも。2CVのステアリングを握りながら、僕はその快いほどのんびりしたスピードの中で、少し昔の自分とそれにまつわる色んなことをぼんやり思い返していた。

2CVはトコトコと走る。焦ったところでモノゴトはなるようにしかならないでしょ? とほんのり口ずさむかのように、トコトコと、トコトコと走る。スピードなんて、どんなに頑張っても100km/hチョイだ。0-100km/h加速にトライして30秒近くかかっていた動画を、どこかで見たことだってある。試乗のために預けられることも少なからずある、0-100km/hが3.1秒だ3.0秒だ2.9秒だなんていうクルマ達と比較すると、目の醒めるような遅さ――いや、目を閉じて眠っちゃいそうな遅さと言うべきか――だ。

だけど2CVはトコトコと走る。スピードの多寡なんてそっちのけで、トコトコと、粘り強く、淡々と走っていく。風が吹いたらバラバラになっちゃいそうなシンプル極まりない構造をしたクルマなくせして、乗り心地だけはどんな高級車にだって負けないほど優しいから、このままどこにだって疲れ知らずで走っていける気すらしてくる。

ふと、考えた。楽しむため、味わうためにスピードを引き出すのは逢瀬のようなもの。それはそれとして、ただ急いだり焦ったりしてスロットルペダルを踏みつけるような、そんな生き方って、いったい何だったんだろう……と。そのために見逃してきたものや、出逢い損ねたものがたくさんあったんじゃないか? そのために失ったものや、悲しませてしまった人が、たくさんあったんじゃないか? と。いまさら悔やんでも仕方のないことだけど、ちょっぴり胸の中にチクリと何かが刺さったような気分になる。

そんなふうなことをうっかり思っちゃったのは、きっと2CVが遅いせいだ。世の交通の流れというヤツに迎合することぐらいはちゃんとできるけど、迎合せずにいても誰からも責められたりはしないような雰囲気もある。そうしたところも含めて、何だかいいなコイツ、と思った。“2馬力”と呼ばれることもある2CVだけど本当に2馬力なのではなく、それでもたった29馬力しかないから、1馬力1馬力を慈しむようにクルマと対話しながら走らせることが必要になるわけで、そうしてるうちに知らず知らず自分とも対話してるような状況にもなるわけで。そんな感じにトコトコと、ホントにこのままどこまででも走っていきたいような気持ちになってきた。このクルマを手元に置いて、ことあるごとにトコトコと遠くまで走っていったら、これまでの僕の人生にはなかった種類の豊かな時間の中に心を遊ばせることができるんじゃないか? なんて想いも湧くいてくる。

そう感じさせられたのは、この2CVのインテリアが革張りへと変更されていたことも大きいように思う。ダッシュパネルも、ドアの内張りも、シートも、総てがブラウンのレザーに覆われている。車格に全く見合ってないゴージャスな雰囲気といわれれば間違いなくそうなのだけど、何よりも馬具を思わせるその作りに気が惹かれる。まるで騎手をどこまでも、あたたかな温もりとともに運んでくれる馬を連想させてくれたからだ。

このクルマをこう仕立て上げた人は、もしかしたら2008年のパリ・サロンに飾られた“2CVエルメス”をお手本にしたのかも知れない。2CVの生誕60周年を記念してワンオフで製作されたそのクルマは、外装を上品なライトブラウンであしらい、天蓋をグレイともベージュともつかない微妙な淡いカラーのコットン・キャンバスであつらえ、内装に至っては1837年の創業時から延々と――高級ファッション・ブランドとして世界中にファンを持つ現在でさえも――手掛け続けている馬具の制作技術と皮革加工技術が存分に注ぎ込まれた総革張りとなっていた。シートやダッシュパネル、内張りはもちろんのこと、シフトノブの先にある球も、ウインカーなど操作レバーの先端にあるツマミの部分も、ステアリングもその中央にあるパッドも、それに新設されたドアを閉めるときに引くストラップも、何もかも総てが最高級のレザーを使って作り上げられていたのだ。もちろんそれは売り物ではなかったし、仮に同じ仕様をエルメスに発注して受けてもらえたとしても天文学的な費用がかかることになったはずだけど、その登場は衝撃的だったし、一部の2CVファンは熱烈に欲しいと感じたものだった。

だって、農耕馬の代わりとして人々の役に立つために生み出されたクルマなのだ。ガシガシと使われても簡単に擦り切れたりしない、丈夫な皮革製の馬具が備わるのだって自然な流れだろう? 毎日、何度も何度も乗ったり降りたりを繰り返し、気の向くまま、心の趣くまま、どこにだってどれほど遠い先までだって走っていく。玉のようなシフトノブを握った手を捻ったり押したり引いたりして、けなげにも粘っこく小さな全力を尽くしてくれる602ccのエンジンを歌わせて、ちゃんと体勢を整えてやればクルンと、驚くほど素早く曲がって応えてくれるステアリングを回し、路面の凹凸を細波に変えてくれる魔法のようなサスペンションに癒してもらいながら。

僕達クルマ好きはときどき「あがりのクルマは?」なんて与太話をするけど、人生の終焉を迎えようとする頃に乗りたくなるのは、意外とコイツなんじゃないか? という気がしてきた。ゆったりしたスピードの中にしかない何かに触れながら、生まれてから今までのいろんなことに想いを馳せながら、トコトコのんびりたっぷり走りたい。そう思えてきた。

でも、まだ早いよな─。時が来るまで2CVは待っててくれるかな……?

なぜかステアリングは革巻きでなくノーマルのまま。ここは手を入れたいところ。
鉄と革のコントラストがオモシロい。
インストルメントルパネルまわりの作りは、この2CVのトピックとも言うべき箇所。
ドアの内張りは、複雑な形状をモノともせず革が張り込んである。
ハンモック式の後部シートは、まるでソファーのような見た目に変身。
年式が新しいので、メーターは後期のスライド指針式となる。
特徴ある動きのシフトノブや、ステッキ式のサイドブレーキは手つかずのまま。
ホイールはただ白いのではなく、少しグレーがかった色味にカラーリング。
ステッカー「CINQUANTE ANS DE TRACTION AVANT」の意味は、「前輪駆動方式50周年」というもの。
インテリアにココまで手が入っているにもかかわらず、動力系統は基本ノーマルのまま。

TOPICS

フランスの国民車として人気を博した名車

ミシュランから経営立て直しのために派遣され、後に社長となったピエール・ブーランジュが、手押し車や牛馬に頼らざるを得ない農民達の暮らしを目の当たりにしたことが誕生の背景となった、シトロエン2CV。簡素としかいいようのない車体構造に、非力だけど頑丈でトラブル箇所の少ない空冷水平対向2気筒OHVエンジン。結果的にユニークなカタチとなったことで1948年の発表時には酷評されたようだが、後にフランスの風景の一部となるほど普及したのは御存知のとおり。2CVはフランスの庶民達に希望を与え、自由に移動する喜びをもたらした国民的英雄なのだ。今やもちろん台数は少なくなる一方なのだが、熱心なオーナー達の手で美しく保たれている個体も少なくない。

SPECIFICATION
CITROËN 2CV SPECIAL
全長×全幅×全高:3830×1480×1600mm
ホイールベース:2400mm
車両重量:590kg
エンジン形式:水平対向2気筒OHV
総排気量:602cc

最高出力:29ps/5750r.p.m.
最大トルク:4.0kg-m/3500r.p.m.
サスペンション(F/R):リーディングアーム/トレーリングアーム
ブレーキ(F/R):ディスク/ドラム
タイヤ(F&R):125-15

PROFILE/嶋田智之

ティーポ前編集長で、現在は自動車ライター&モノ書き。愛車はアルファロメオ1666だが、最近その姿を見た者はいない……。自動車雑誌はもちろん、一般誌やウェブ媒体、イベントなどで活躍中。