TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

FIAT ABARTH 750 GT ZAGATO

フィアット600をベースに、かのカルロ・アバルトが手を入れ、流麗かつかわいらしい2ドアクーペボディを架装して出来上がったのがフィアット・アバルト750GTザガート。エンジンはアバルトマジックの真骨頂で、ボアアップして747ccとし、パワーはノーマルの倍近い43.5psを達成。さてこの小さな宝石は、いったいどんな走りを見せるのであろうか?

TEXT / 嶋田智之 PHOTO / 内藤敬仁

アバルトが生んだ小さな宝石

魂を抜かれるっていうのは、こういう状態のことをいうのかな──と、頭の片隅で薄らぼんやり思う。背中から脳ミソにかけてのどこかにピリピリと、細かく痺れているような感覚が残っている。それがまた妙に薄らぼんやりと気持ちいい。例えるなら高熱に浮かされてワケが解らなくなってるときみたいなもので、“もうどうにでもしてくれ……”が少しだけ混じった、不思議とどこかハイになったような気分。他人が見れば、微かにボーッとした感じで目をややトロンとさせてニヤニヤ笑ってる挙動不審な男、なのだろう。仕方ない。きっとこういうものなのだ。

フィアット・アバルト750GTザガート──小さいくせに凄いヤツである。

実際この日、箱根の山で久々に750GTザガートを前にした僕の第一声は、「やっぱちっちゃいねぇ」だった。現在の日本の軽自動車の規格は全長3.4m以下、全幅1.48m以下、全高2.0m以下というもの。対して750GTザガートを同じように記すなら、全長3.48m、全幅1.34m、全高1.19m。資料によって数値の違いは若干あるけれど、要は軽自動車並かそれよりちょっと小さいくらい、といっていいだろう。

よく知られているとおり、750GTザガートは小型大衆車であるフィアット600をベースにして作られたスポーツカーでありレーシングカー。ものすごーく大雑把にいうなら、稀代の熱血チューナーであるカルロ・アバルトが、背高でコロンとしたルックスからすると意外なほどスポーツ性の高いシャシーを持つフィアット600に目をつけ、その4気筒OHVの633ccエンジンを徹底的にチューンナップしてノーマルの倍ほどまで出力を引き上げた747ccエンジンを作り上げ、そのエンジンとシャシーにザガート製の軽くて空力性能に優れたボディを組み合わせたものだ。1950年代後半のアバルトのヒット作であり、レースの世界では数えられないほどの勝ち星を世界各国で煌めかせた。歴史的にも、小さいけれど凄いヤツなのである。

「ちっちゃいねぇ」は、いざ走り出してみると、それ自体が大きな武器であることが実感できる。車体を持て余すことがない。もちろん車内はタイトなのだが、特徴的な“ダブルバブル”ルーフのおかげで圧迫感がなく、気持ちが何にも遮られないおかげで、まるで身体にピタリとフィットしたスポーツギアを身に着けたかのような一体感。いつもの峠道は道幅が1.5倍に拡大された感じで、走るラインの描き方の自由度も大幅に広がっているから、気兼ねなく攻め込んでいける。

加速は力強く、速い。記憶の中にあった過去の体験よりも、明らかに速い。当然だろう。このクルマは貴重なオリジナル・エンジンを降ろして保管し、代わりにA112アバルトの70psエンジンを積み込んでいるのだ。元をただせばフィアット600用として設計されたエンジンの末裔のようなものであり、アバルトのファクトリーで一機ずつ手組みされたといわれる最後のエンジンでもある。普段乗りも楽にこなせる柔軟さを持ち合わせてることもあり、600ベース系アバルトを日常的に楽しむためのエンジンとして、実はずいぶん前から世界的に受け入れられているチューンナップだ。

A112アバルトより150kg以上も軽く、フィアット600より50kg軽い535kgの車体に積まれているのだから、それはもう想像していた以上に速かった。低速トルクもそれなりに豊かなくせに、4000回転に差し掛かる手前辺りからは吸い込まれるようにして高回転域へと跳ね上がる。車速も痛快に伸びていく。“速さ”には徹底的にこだわったといわれるカルロ・アバルトがこの時代に生きているなら、レストアついでにこのエンジンへの換装をユーザーに勧めるんじゃないか? と思えるほど、クルマの性格にマッチしている気もする。走り出して1分。高揚感は、すでに半端じゃない。

けれど強烈な刺激は、もうひとつ用意されていた。抜群のフットワークの良さと絶妙なバランス感覚、である。──コーナー。4輪ドラムには思えない強力な減速。ふたつの短いフェンダーの峰がグッと沈む。ブレーキペダルを僅かに緩める。嶺が持ち上がろうとする。寸前にスッとステアリング。ノーズが鋭くインを刺し、スムーズなロール。か細い後輪が僅かに滑りはじめる。先を見据えつつ、カウンターステア代わりにスロットル。滑りが収まり、ポルシェのようなRRらしいトラクション。爽快な加速。

そんな走らせ方がさほど難しくもなくできてしまうのだ。コンディションが抜群にいいとはいえ、シャシーまわりはノーマル。つまりフィアット600と一緒。大衆車の中にこのバランスを見出し、それをベースにピュア・スポーツカー/レーシングカーを作ろうと考えたカルロ・アバルトは、まさに天才なのだと思う。

おかげで僕は、この小さなスポーツカーを操縦することにのめり込み、ときどきクルマを休ませながら、いつもの道を何往復したか覚えてないくらい走りに走った。そりゃアホみたいに虚脱だってするわけである。呆けながら、これを「蠍の毒にやられた」なんていうのはいかにも予定調和的だよな、と思った。でも仕方ない。アバルトに乗り、アバルトに熱中するというのは、きっとそういうことなのだ。

フロントにはグリル型のトリムに埋め込まれたアバルトのエンブレムがマウントされる。
オリジナルは12インチだが、今回の撮影車両には135/80の13インチタイヤが装着されていた。
ボタンをプッシュするとレバーが浮き出てくるドアオープナーハンドル。
リアクォーターウインドウ後端の切り欠きは、チムニー効果を利用したベンチレーションシステムだ。
ルーフと同様のエンジンフードのふたつの膨らみは、エアインテークとして機能する。
パワーユニットはA112アバルトの1050cc 70psエンジンへと換装。極めて効果的なチューンナップ。
1950年代のGTスポーツらしいシンプルで機能的なコクピット。
車内は横方向にはタイトだが、ヘッドルームが広いこともあって窮屈さはさほど感じられない。ダブルバブルの恩恵である。

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アバルトの地位を築いた1950年代の名作

フィアット・アバルト750GTザガートは、1956年から1960年にかけて生産された、アバルトのヒット作。1955年に発表された小型大衆車、フィアット600の隠れたスポーツ性に目をつけたカルロ・アバルトの発想から誕生したモデルで、ストックのままでも高いパフォーマンスを持っていたフィアット600のシャシーをほぼそのまま利用し、4気筒OHV 633ccエンジンを747ccに拡大するなど徹底的なチューンナップでノーマルの倍近い41.5psまでパワーアップ。そしてザガート製の低く軽く空力性能に優れたアルミボディと組み合わせている。当然ながらレースにも使われ、1950年代後半の小排気量クラスで勝利に次ぐ勝利を収め、1960年代のアバルト黄金時代の礎を築いた。

SPECIFICATION
FIAT ABARTH 750GT ZAGATO
全長×全幅×全高:3480×1340×1190mm
ホイールベース:2000mm
車両重量:535kg
エンジン形式:直列4気筒OHV

総排気量:747cc
最高出力:43ps/5800r.p.m.
最大トルク:5.5kg-m/4000r.p.m.
サスペンション(F/R):ウィッシュボーン/セミトレーリングアーム
タイヤ(F&R):5.20×12

PROFILE/嶋田智之

ティーポ編集長を経て現在はフリーランスの自動車ライター。愛車はアルファ166、アバルトのイベントにゲスト出演、アルファのメルマガでコラム執筆とイタ車三昧な生活を送る。