TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

HONDA S660

2015年3月に発売され、2022年3月末をもって生産終了となるホンダS660。軽規格のミッドシップオープン2シータースポーツという独特のクルマを、デイリーユースをメインに徹底的に乗りこんで、その素性を解剖していこう。

TEXT / 斎藤慎輔 PHOTO / 神村 聖
SPECIAL THANKS / ホンダ(http://www.honda.co.jp/

ドライビングの楽しさを最も身近に

こういうスポーツカーの誕生は、初代ロードスター、つまりユーノス・ロードスター以来、実に25年ぶりのように感じている。作り手が乗りたい、欲しいと思うスポーツカーを商品化するという意味においてだが、ロードスターは当初は有志が集まって、倉庫でそれこそコソコソと、ああだこうだとやっていたところから始まったのに対し、S660は社長命令の元に、堂々と開発がなされたというのは、大いに違うところではある。

ホンダ技術研究所創立50周年記念で開催された社内の「新商品提案企画」で1位になった企画から試作車を制作、それにホンダの社長が試乗したところ、開発にGOサインがでたというのは、方々で紹介されているエピソードだ。

その軽スポーツを提案した、当時入社4年目で22歳の若者、椋本陵クン(敢えてクンと呼ばせていただく)を、いきなり開発責任者であるLPLに任命したというのも、もちろんホンダでも異例中の異例であるが、ホンダらしさを問われて久しかった時期において、社内では、ホンダでしかあり得ないような企画、人事が遂行されていたわけだ。

もっとも、彼の当初の提案は「ゆるすぽ」だったが、開発が具体化するにつれて、それではホンダらしさに乏しく、魅力も薄いと、「ガチスポ」へ転換していったという経緯が伝えられている。こう聞くと、またホンダの走りオタク的方向かと想像しがちだが、乗ってみれば、日常の中の楽しさ、爽快さと、本気走りの能力との絶妙なさじ加減に感心させられるとともに、これは椋本クンをサポートする開発経験豊富なLPL代行や、まわりの開発スタッフの力があってこそと思えた。

オープンの爽快さはそのままに、シート後部のロールバーで安全性と剛性を確保。タイヤを四隅にレイアウトし、迫力のあるリアビューデザインとすることで、ワイド感と踏ん張り感を表現している。

これまでS660には、サーキットからワインディング、さらに雪に覆われた冬期の北海道テストコースから氷上まで、スポーツカーとしての素性と性能を試す場には、度重ねて乗る機会を得てきた。今回は、それこそ日常の場で足として使う時間を長く得て、走りにおいてはさらに好感度を増す一方、さすがに軽サイズにおけるミッドシップオープン2シーターは、使い勝手には、諦め、我慢、はたまた悟りが必要なことも再認識した。

ともかく荷物を収められるスペースは、巻き取り式のルーフを外さないことが前提なら、フロントフード内のボックスに多少の手荷物は収まるので、それを利用する手があるくらい。ちなみに、巻き取り式のトップは、慣れれば外して収納するまでに1分程度で可能。気軽にオープンにできるので、このボックスが空いている割合は意外と多くないのだ。

ドライバーだけの場合、助手席上とそのフロアに荷物を置くことで解消できるし、航空機内持ち込み可能なキャリーバッグなら、シートを最前端にスライドさせることでシートバック後方に載せることも可能だ。しかし、2名乗車になった途端に、ちょっとしたバッグでさえ、助手席の足元からともすると膝の上に載せざるを得なくなる。S660を選ぶ上では、そこは承知の上が前提である。

ドライバーを包み込むようなデザインのコクピット。ホンダ最小径φ350mmのステアリングホイールのおかげもあってか、狭さはあまり感じず、ドライビング操作に集中できる。

一方で、室内は限られたサイズの中で収納、小物置き場は確保している。NDロードスターでは安易な方向に進み廃止されてしまったグローブボックスもある。さらに、近年必須のUSBジャックの他に、NDでは省かれてしまったアクセサリーソケットも標準で与えられている。ボクがNDに厳しいのは、量産の、それも日常域も重視するスポーツカーでありながら、従来必要だからこそあった物を、残す工夫をせずに、いらない理由を探し省いたからだ。この点においてS660は、厳しい条件の中で頑張っている。

ドライビングポジションも、ボクにとっては手足ともにどこにも違和感なく馴染み、とくにM/T仕様では、フットレストからコンソールにおける脚の当たりまで含めたペダルレイアウトは秀逸にも思えるものだった。ただし、シートクッションは、もともとストロークが短く底付き感を生じやすいのが気になった。

ペダルついでに述べるなら、M/T仕様のクラッチペダルの操作力及び反力、さらにストロークといったバランスと、エンジンと駆動との断続ポイントにおけるスムーズさも、扱い易さ、確実性ともに高い。これはスポーツドライビングではもちろんだが、なにより日常のドライブを心地よくさせるポイントになっていた。

同様に、シフトフィールも、他の操作系とのバランスがとれた適度な重みとゲートの確実な吸い込み感を備え、その心地よい感触に、街中でも無用なシフトのひとつでもしたくなるくらいだ。

M/Tモデルではペダル位置をヒール&トゥしやすいよう最適化している。
センターコンソールに小物を置けるスペースがあり、その奥にUSBジャックやアクセサリーソケット。これだけでも日常使用では格段に助かる。
オープン走行時に、足元や上半身だけでなく、腿から腰に向けてエアコンの風を送るアウトレットがダッシュボード下に設置され、快適さに貢献している。
スポーツカーらしく、低く設定されたシートポジション。シートのホールド性は高い。

シャシー、ボディの高い剛性感も軽という枠に捕われていない造り込みによるものだが、残念なのは、ルーフを外した際には、路面により、30km/h~50km/hくらいにおいてAピラーまわりを中心とした明確なシェイクを生じること。振動増幅の周波数帯がこのあたりにあるらしく、より高い速度域では気にならない。

そして、ホイールベースの短いミッドシップでありながら、高速直安性の高さは見事で、この面で苦手なことも多いホンダFF車よりも優れているのではないかと思うほど。高速道路での移動もまったく苦にならないのだった。

そのくせ、ハンドリングは手軽に乗れるミッドシップとして、軽快感と高い安定性のバランス点を巧みについており、なにより限界Gの高さは並のスポーツカーを超えている。公道域では、これは専用タイヤの能力に負うところが大なのも事実だが、スタッドレスタイヤを装着した際の雪上においても、ミッドシップ後輪駆動としては、高い安定感とコントロール性を備えることは確認している。

また、ドライ、ウエットを含め、回頭性の向上にアジャイルハンドリングアシストの効果は大きい。さらに、インパネ下部のスイッチをオフにしても最終的に介入を許すVSAは、安定しているように思えても、限界域ではシビアで速い動きをもたらすミッドシップにおいては、必要不可避なものとなっている。

ミッドに搭載される直列3気筒DOHCターボエンジンは、CVTで最高許容回転数7000r.p.m.。それに対し、軽自動車としては初の6速M/T仕様では、700r.p.m.上乗せの7700r.p.m.まで勢いよく回る。また、リアのサブフレームは軽量・高剛性なアルミダイキャスト製が採用され、弓なりの形状とされている。

Nシリーズ用を改良したエンジンはM/T仕様ではプラス700r.p.m.の高回転対応をしており、これが頭打ち感やギアのトップエンド域での選択肢を広げ、速さには寄与はしなくても、ドライビングの楽しさに確実に効果を感じさせる。

CVTはスポーツドライビングではさすがにメリハリに乏しくなるものの、日常域では、エンジン回転のいわゆる張り付き感はさほどなく、街中では加減速の小気味よさもそれなりに備わる。オススメはM/Tだが、このエンジン、パワーとの組み合わせならCVTでも悪くない。

今回、日常域でもっとも気になったのは、実は頻繁にオン、オフを繰り返すエアコンプレッサーと、それに伴う電動ファンの作動音であった。とくにアイドリング域では、後方からその耳障りでガサツな音と振動に包まれて興ざめもいいところだ。ターボやウエイストゲートの作動音などをあえて聞かせるような作法も、リアのセンターウインドウの開閉機構(夏場はエンジンの熱気が入り込んでくるのでまず開けることはないが)も甲斐が薄れてしまう。コンプレッサー&電動ファンの騒音、振動は多くのクルマに残る課題だが、エンジンが乗員の後にあるミッドシップはとくに対策がほしい。

S660の助手席に乗せた一人はこう言った。「これ、毎日の通勤を楽しくするためのクルマだね」と。公共交通機関が限られた地方で育ったということだったが、そうか、維持費、経費が少なくて済み、かつ日常の移動に楽しさをもたらしてくれるという点においては、今このS660が筆頭かもしれない。

空力性能にも優れる薄型ドアミラーはシャープな印象。
ボディサイドのエアインレットが、このクルマがミッドシップであることをさりげなく主張する。
シートの間に配されたパワーリアウインドウで室内に巻き込む風の量や方向を調整でき、エンジンサウンドを楽しむことも。
フロント165/55R15、リア195/45R16と前後異径の専用タイヤADVANNEOVA AD08Rは、ミッドシップレイアウトのS660がリニアに安定してコーナリングできるよう、ヨコハマタイヤと共同開発。
フロントボンネット内のユーティリティボックスは、丸めて畳む脱着式ソフトトップの収納場所であるが、オープン走行しないのであれば、荷物収納のための貴重なスペースとして活用できる。柔らかいバッグであれば大人1人1泊分の着替えは入る。

SPECIFICATION
HONDA S660 α(6M/T)
全長×全幅×全高:3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
トレッド(F/R):1300/1275mm
車両重量:830kg
エンジン:直列3気筒DOHCターボ

総排気量:658cc
最高出力:64ps/6000r.p.m.
最大トルク:10.6kg-m/2600r.p.m.
サスペンション(F&R):ストラット
ブレーキ(F&R):ディスク
タイヤ(F&R):225/55R17

PROFILE/斎藤慎輔

メーカーの開発ドライバー出身という経歴を持ち、鋭い洞察力とブレない評価軸に定評のあるモータージャーナリスト。