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ABARTH 695 70th ANNIVERSARIO

2019年10月4日にイタリア・ミラノで開催された70周年記念イベント、アバルト・デイズ2019会場で『695 70thアニヴェルサーリオ』なる記念モデルが発表された。『フィアット500エラボラツィオーネ・アバルト』を思い起こすそのカラーリングは、70周年を祝うに相応しい出で立ちだ。

TEXT / 嶋田智之 PHOTO / FCA JAPAN

アバルト70周年の集大成に乗る

単なる懐古趣味で終わらせない

ひと目見た瞬間のインパクトに思わず口元が緩み、走らせてみてすんなりと腑に落ちる。アバルトの70周年を記念して作られたスペシャルエディション、『695 70th ANNIVERSARIO(日本名:695 セッタンタ・アニヴェルサーリオ)』は、様々な意味でアバルトらしいと感じられる1台に仕上がっていた。

毎年恒例のアバルト・デイズというイベントの開催を翌日に控えた2019年10月4日、イベント会場であるミラノ・イノヴェーション・ディストリクトで正式にプレス発表されたこのモデルは、通常の595シリーズの限定車と異なった”695″という名前を持たされている。

御存知のとおり695のネーミングは、フィアット500をベースとしたアバルトの中でも、特別なモデルのみに冠されるものだ。トリブート・フェラーリ、エディツィオーネ・マセラティ、ビポストとビポスト・レコルト、XSRヤマハLTDエディション、そしてリヴァーレ──。これまでの695は、それぞれ訴えかけたいユーザー層が少しずつ異なっていたりするところもあったが、いずれもアバルト・ファンの気持ちのツボをチクリと快く刺激するには充分な魅力を持つモデルばかりだった。

最新の695であるセッタンタ・アニヴェルサーリオも、その点は同様。自らの歴史の奥深さをほのかに薫らせながらも、単なる懐古趣味で終わらせることなく、これまでになかったパフォーマンスを引き上げるための新たな要素をしっかりと盛り込んでいる。“チューナー”というアバルトのブランドの出自を考えたら、ある意味、最も“695”に相応しいモデルというべきかも知れない。

セッタンタ・アニヴェルサーリオは、そのルックスからして印象的だ。淡いグレーのディテールと組み合わせられた、アバルトにしては珍しいグリーンのボディカラーがとても新鮮に感じられる。けれど、この色味の緑色は新しいものでも何でもなく、実はアバルトの歴史にしっかりと刻まれたものだった。

アバルトは1957年にデビューしたばかりのヌォーバ500用チューニングキットを開発して発売し、翌1958年にはキットを組み込みさらにチューンナップを進めたクルマをモンツァに持ち込んで速度記録に挑戦、6つの世界記録を打ち立てている。『フィアット500エラボラツィオーネ・アバルト』と名付けられた、その最初のアバルト500というべきクルマが身にまとっていたのが、このグリーンだったのである。

70周年記念の695には、この“モンツァ1958グリーン”のほかピスタ・グレー、ガラ・ホワイト、スコーピオン・ブラック、ポディオ・ブルが用意され、いずれもがアバルトの象徴的なカンポヴォーロ・グレーのディテールと組み合わせられているが、メーカーの広報写真にも試乗車にもグリーンしか用意されていないことを考えると、あくまでもイメージカラーはこれ。パッと見でも直感的にそう感じたほど色味が絶妙だし、グレーのディテールとのマッチングがいい。この辺りはイタリアならではというより、むしろアバルトならではのセンス、だろう。こういうことをやらせると、アバルトは抜群に巧い。

速さと乗りやすさを考えたベストな選択

淡いけれど華やかなカンポヴォーロ・グレーに彩られるのはフロントスポイラー、前後のフェンダー、サイドスカート、ミラーハウジング、ルーフの市松模様、そしてルーフスポイラー。このルーフエンドのスポイラーが、セッタンタ・アニヴェルサーリオの最も大きな特徴といえるだろう。発表時の資料には、1962年に1000ベルリーナのリアフードをエンジン冷却のために水平に開けたことが空力的にも有利に働いたことなども記されているが、むしろ反射的に思い浮かぶのは、アバルトの開発コード“SE”が与えられているランチア・デルタ・インテグラーレのルーフスポイラーだろう。セッタンタ・アニヴェルサーリオのそれは、60度/12段階の角度調整式だ。最も立てた状態の200km/h走行時に42kgのダウンフォースを生み出すという。

今回の試乗は一般道45分ほどと、イベント会場に隣接した広大な駐車場や取り付け道路などを利用したクローズドコース2周のみで、速度域も決して高いものではなかったが、3速全開から僅かなスロットルオフだけで減速しながら入っていく高速コーナーが1ヵ所だけあった。路面のμも低いというのに、そこでは通常の595よりもリアが安定してる気配が確かに感じられたから、速度域がさらに高くなるサーキットなどでは、このスポイラーは間違いなく効果を発揮してくれることだろう。

それを除けば、走らせた感じは595の最もスポーティな仕様であるコンペティツィオーネと基本的に同じ。中回転域からの伸びが気持ちいい180psに25.5kg-m(スポーツモード時)のエンジンも、前後にコニのFSDダンパーを備える引き締まったサスペンションのセットも、曲がる姿勢作りのためのブレンボ製キャリパーを含むブレーキシステムも、コンペティツィオーネと共通なのだ。

というと中には落胆する人もいるかも知れないが、個人的にはむしろ“アバルトらしいな”と感じている。というのも、アバルトは昔からロードカー作りにおいて、スピードを得るために乗りやすさを捨てるようなトレードオフ的チューンナップを良しとしないようなところがあったからだ。この1.4ターボのエンジンでは、実はコンペティツィオーネのチューニングがちょうどそのキワ辺りにあると以前から感じていたのだ。その点をアバルトのスタッフに訊ねてみたら、“速さと乗りやすさのバランスを考えた、このクルマのためのベストな選択だ”というようなことをいっていたから、あえてさらなる上積みはやらなかった、ということだろう。

それは別の面のメリットにもつながっている。セッタンタ・アニヴェルサーリオでは、他にもこのモデルならではの備えや仕立てが随所に見られるのだが、それでも価格が思いのほか高くなかったのだ。後に日本に入ってきたときの5速M/Tが417万円、2ペダルの5速MTAが434万円という価格設定は、バーゲンプライスにすら感じられたほどだ。

生産台数は、アバルトが誕生した年にちなんで1949台。発表の段階で、世界中で取り合いになることが予想できた。日本でも最初に100台分の先行予約がWEBで行われ、24時間も経たないうちに売り切れ、FCAジャパンが苦心して確保した追加分の100台も速攻で完売した。間違いなくコレクターズアイテムになっていくことだろう。

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