TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

LANCIA DELTA HF
INTEGRALE 16V

ワークスによるモータースポーツ活動は市販車の宣伝にうってつけだが、同時に栄光のイメージと実像のギャップを生んでしまうことも事実。栄光のラリー・ランチアの最終期を飾ったデルタはその類稀なる容姿と、コンペティションイメージによって今なお多くのファンに愛されている。デルタの実像とは果たしてどれほどのものなのか? 30年の月日を経てもなお新車の輝きを纏った奇跡の1台に試乗してみる。

TEXT / 吉田拓生 PHOTO / 神村 聖

情熱が作りあげ、情熱が支えるヒストリー

90年代初頭はデルタの黄金期

地面に手と膝をついて這いつくばり、すぐ車体の裏側を覗き込んでしまうのは悪いクセだ。けれど撮影されるために磨き上げられたボディの表面よりも、アンダーボディは様々なことを教えてくれるものだ。

1989年式のランチア・デルタHFインテグラーレ16V、今回の個体で言えば、遮光されたガレージに30年ほど幽閉されていたかのように、アンダーボディの黒いペイントまで驚くほどキレイだった。

後ろ側に回って覗き込むと、アルミ鋳物のデフケースのすぐ後ろにある見慣れないリンクが目についた。後ろ側ロワーアームのボディ側ピボット同士がメカニカルに結ばれている。そのリンクの中心から伸びた棒が、油圧システムをコントロールするユニットに繋がっていた。スタビライザーにしては華奢なのでメカニカルなセンサーのようだ。

この当時のデルタに、そんな先進的なギミックが付いていたのだろうか? グループAラリーカー用のホモロゲーションモデルなので、ロ-ドカーには大して重要ではないシステムを付けておき、それをコンペティションの世界で目一杯活用するという目論見だったのかも……。なんて想像をたくましくしつつ後でネットで色々と調べてみると、それはブレーキのバイアスを調整するユニットだった。サスペンションアームの動きをセンシングし、リアサスが左右同時にストロークした際にブレーキのロックを防ぐ狙いである。

一方ランチア・デルタのリア脚をネット検索していて気になったのは、補強関係のパーツだらけという事実だった。硬いサスを入れる前にボディを補強するというのはチューニングのイロハだが、それにしてもデルタのそれは異常なほどだ。車体の裏側全体を補強できるほど種類が多い。確かにデルタに対して”ボディ剛性タップリ”なんて言う表現は見たことがないが、それにしてもなぜデルタのファナティックはチューニングにそこまで拘るのか? 一介の旧車乗りから見れば、御年30歳にもなるネオヒストリックに鞭打つなんてやめたほうがいいと思ってしまう。

僕がカーマガジン編集部の門を叩いた90年代の初頭は、まさにデルタの黄金期だった。WRCでの活躍は一段落しつつあったが、エヴォルツィオーネが登場し、その後もこれでもかという限定車の攻勢が続いていた。度々撮影で動かす機会があり、その都度角ばったエクステリアやアルカンターラ張りの上品な室内に興奮していた記憶がある。当時はほとんどのクルマ好きが、ブリスターフェンダーを持ったデルタかBMWの初代M3に憧れていたものなのである。

まだボディが生きている

あの当時、レカロシートに収まり、タイミングベルトの高周波音を聞きながら味わったスピード感覚が、今まさにデジャブのように蘇る。黒地に繊細な黄色で目盛りが振られたメーターも、イタリアン・スペシャリティカーの雰囲気を上手く盛り上げている。2リッターターボのエンジンは充分な圧縮がある印象で、ほぼ4輪に均等な力を掛け、軽快に走る。今回の個体は見た目のみならず、走りのコンディションもすばらしい。

以前、ずいぶんとくたびれたエヴォルツィオーネに乗せてもらった時は、ボディの角と言う角から盛大なギシギシ音が鳴り響いていたが、この個体はそれもない。ずっとオリジナルコンディションのままだったので、まだボディが生きているのだ。

少しだけペースを上げてみると、エンジンパワーと車重の関係は上々だが、一方で贅沢を言うのであれば、ボディとアシの動きに微かなラグがあることは否定できない。年式を考えれば当然なのだが、なるほど、デルタ・オーナーがチューニングに走ろうとするきっかけはこれなのか? と同時にやはりWRCで大活躍したマルティーニ・カラーのラリーカーのイメージが頭の中を巡りはじめ、そのギャップをより大きくしてしまうのかもしれない。

偉大なるコンペティション・ヒストリーのお陰で、初代ランチア・デルタは良くも悪くも期待されてしまうクルマなのである。だがそのルーツを辿れば、プラットフォームは70年代のフィアット・リトモから流用なのだから、WRCのトップカテゴリーで覇を争うキャパシティなど、到底持ち合わせていそうにない。グループBラリーで名前だけ売って、市販車はVWゴルフのライバルとしてそこそこスポーティであればそれでよかったはずなのだ。

だがラリーシーンの天変地異により、突如としてデルタに白羽の矢が立った。そこから技術集団として活躍していたアバルトによる改良に次ぐ改良が奇跡を起こしたのである。

アバルトのエンジニアが小さくて素朴なFFベースのデルタに心血を注いで驚くべきスープアップを実現したように、今なおランチア・デルタのファンは大いなる期待をもって、エキゾティックな老兵を走らせている。果たして、これほど人の気持ちが強く込められたクルマが他にあるだろうか?

栄光の歴史に彩られた初代ランチア・デルタだが、当時のイタリア車の例にもれず、経年変化にはめっぽう弱い。機械的な信頼性だってたかが知れている。それでもなお、ファナティックたちの並外れた情熱が、このスタイリッシュなイタリア車を延命させていくに違いない。

ひとつひとつのパーツにイタリアン・エキゾティックが匂い立つデルタ・インテグラーレ。透明の樹脂が載せられたエンブレム類は曇りやすく、純正のアルミホイールはリムが曲がりやすいことで有名だ。この個体はまさに奇跡の1台なのである。コンパクトでシンプルなコックピット。グループA時代のWRCの歴史を振り返れば、シエラやM3、そしてデルタなど前半は小さくて軽い車体しか活躍していない。シンプルな構成故に改造を加えやすかったのだろう。

元16Vオーナーの独り言

16Vを取材するにあたり、久しぶりに自宅の本棚から当時のカタログを引っ張り出した。これはかつて16Vを所有していた時にリンドバーグ(現在の代官山 蔦屋書店クルマ売り場)で購入した私物で、ガレーヂ伊太利屋とオートザムのWネーム(!)が泣かせる。しかしカタログを見て、そして実車に触れて改めて思ったのは”何とカッコいいクルマなのだろう”ということ。

ジウジアーロによるデザインもよければ、フェンダーの張り出し方も程々にして絶妙。もちろんエヴォルツィオーネも好きだし、どっちがいいかなんて議論する気は毛頭ないが、初めて16Vに乗った時のエヴォとは違う軽快なハンドリングは今でも忘れられない。その取材車をそのまま買ってしまったくらいだから。残念ながらその後諸事情で手放したが、今回この1992年式16Vに乗ったら、当時の想いが走馬灯のように蘇ってきた。

また欲しくなったのも事実だが、この個体を上回るコンディションに出会うことは奇跡に近く、思い出は思い出のままにしようと思った次第。しかし古今東西見渡しても、デルタに代わるクルマは存在せず、長年乗り続けるオーナーの気持ちはよくわかる。そういった意味で”孤高”の存在と言えるのが、ランチア・デルタという”マシン”なのだと思った。(カー・マガジン編集部平井)