TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

CITROËN 2CV

フランスを代表するベーシックカーといえば、シトロエン2CV。筆者は2019年夏にラ・フェルテ・ヴィダムで開催されたシトロエン創業100周年イベントへ、シトロエン・ヘリテイジ所蔵の古色ゆかしい1961年式シトロエンAZLPに乗っていく行幸に恵まれた。もう1台、1988年の高年式チャールストンにも日本で試乗しつつ、シトロエン2CVを再考してみる。

TEXT / 南陽一浩 PHOTO / 南陽一浩, 山本佳吾
SPECIAL THANKS / エスパート(チャールストン/https://themotorbrothers.com/special-shop/13247

2CVに乗るなら
初期モノか高年式モノか

スペックを競うニューモデルラッシュの狂熱はつねにあるが、満艦飾の空虚さや事大主義の方が際立つことは多々ある。”過ぎたるは及ばざるが如し”と冷や水をかけるのは簡単だし、野暮とも思うが、『シトロエン2CV』に乗ることは一種の思考的デトックス、体感上のゼロリセットのようなものだ。だからこそ2CVは乗る者を思索へ誘う”哲学的なベーシックカー”であり続けている。

2CVの起源は1930年代後半からピエール・ミシュランが進めた『TPV(Toute Petite Voiture=非常に小さなクルマの意)計画』といわれる。“toute”ではなく“tres”だとか“voiture”ではなく“vehicule”だという異論もあるが、簡素さのきわめつけとされる2CVの構造とパッケージングは、時のシトロエン社長で後にトラクシオン・アヴァン15-6Hの試験走行中に事故死した故ピエール-ジュール・ブーランジェが決めた。4座で、50kgの荷物(袋詰めのじゃがいもを想定していた)を積め、課税クラスは2馬力相当で、最高速度は60km/h、メンテナンスが容易で、田舎の未舗装路を問題なく走破できるサスペンションに、カゴに入れた卵が割れない乗り心地を備え、燃費は100km走行あたり3リッター。自家用車がブルジョワ以上の社会階層に限られた時代に、農村の低所得層を初めてモータリゼーションの対象として推進する狙いを具現化した進歩的なクルマ、それが2CVだったのだ。

とはいえ以上は聖書伝説のようなもので、2CVは哲学的どころか即物的な戦略の賜物でもあった。というのも1935年にシトロエンを傘下に収める以前、1920年代からミシュランは、小型大衆車に関する独自の調査を始めていた。本社の売上に貢献するニューモデルを作る使命を、P.ミシュランとP.J.ブーランジェが念頭に置いていたことは疑いない。今日の自動車ビジネスは高付加価値化が進み、1台あたりの収益率を自動車メーカーが追う傾向があるが、タイヤメーカーにとっては、高級車が1台売れるより、大衆車が数台売れるべきであることは、自明の理だ。

実際、戦後の1948年に市販された時、2CVはラジアルタイヤを史上初めて採用した市販車でもあった。『ミシュランX』である。当時は”醜いアヒルの子”とか”こうもり傘”と揶揄され、今やレトロにも見える2CVは、プレス成型による大量生産ボディから装着タイヤまで徹頭徹尾、モダンの塊だったのだ。

2019年夏にシトロエン・ヘリテイジで借りた2CV AZLPは1961年式、13.5psの空冷2気筒425cc仕様だった。無論、最初期の375ccよりは力強いが、同じ66×62mmのボア×ストロークと排気量のまま圧縮比を増して18psとなった1963年以降のAZA(末尾のAは“ameliore”=改良版の意)や、後にディアーヌやアミ6と共有された435cc/24psを積む2CV 4、602cc/29psの2CV 6とは比べるべくもない。そして今回、日本のスペシャルショップ『エスパート』でレストアされた1988年式2CV 6チャールストンにも乗ったが、最後期602ccのトルクフルぶりと扱い易さに舌を巻いた。30年弱の年月を挟み、2CVは長足の進歩を遂げていたのだ。

前者は、外観上では、リブが減った1960年末以降のボンネットで、逆観音開きの前後ドアが廃止された1964年以前という、過渡期的なモデル。ハンモックシートを含めて最初期の仕様に近い簡素な内装には、確かに楚々とした趣がある。後者チャールストンは黒とえんじの目立つツートンカラーで、クォーターウインドウが加わって後方視界が改善されたボディに、ひとりでも開閉がしやすいキャンバストップなど、日常的な使い勝手が明らかに増していた。内装は確かにプラスチックのアドオンパーツが増え、ヘッドレストも加わり煩雑になった印象だが、2CVならではの素にして良質な空間は保たれている。

ノンシンクロの1速に入れ、切っていたクラッチペダルをもち上げるだけでは、2CV AZLPは進まない。遠心クラッチが駆動力を伝えるためにはアクセルを踏み込む必要があるし、そもそもクラッチペダルを踏まずとも1速に入れられる。そういうクセはあるし、徐行程度の速度でノロノロ進むには向かないが、やや強めにアクセルを踏めば、それなりにダイレクトに2CVは駆け始める。2速からは通常通りのM/T操作でOKだが、1速がスーパーロー気味で10km/hを超え、2速も50km/h弱で吹け切ったようなエグゾーストが耳に入ってくるので、3速に入れたくなる。レブカウンターはなく、4速全開でも70km/h少々といったところだが、ポロロッと謳うようなフラットツインの響きが心地いい。

2CV 6チャールストンにも、同質のプリミティブさは強く残されている。コンロッドからピストン、スリーブやバルブガイドといった摺動部までオーバーホール済みの602ccという事実を差し置いても、前述のALZPより遥かにフレキシブルで力強いトルク特性は、横浜の丘陵地帯でも何ら面倒はなかった。それよりエアコンこそないが、これ1台でたいていの移動がいまだにこなせること、リッター20kmをしれっと叩き出す燃費のよさに驚倒せられる。

タイヤ、サスペンション、ボディ、そしてシートのあらゆるしなりとストロークを総動員して、乗員を路面から伝わる衝撃や振動から守ろうとする乗り心地は、独特の優しさを感じさせる。その一方、やや前のめりで操作する必要のある、寝気味のステアリングと奧まったシフトレバーのせいか、通常のM/T車よりも五感をフル動員してオペレートしている実感をもたらす2CVは、ドライバーを立ててくれるクルマでもある。それこそ、人間を中心においた哲学と即物的な設計が、ドライバーの実践を通じて交わる、そんな瞬間と焦点に立ち会うことになる。この知的快感と実践的な興奮を知ると、2CVは替わりの利かない、独特の1台になるのだ。

2CV AZLP

パリ郊外の河岸段丘を貫く坂を、青息吐息どころか逞しく駆け上がってくれた2CV AZLP。1961年式は、リブの簡素化されたボンネットにクランク穴のグリル、後ヒンジのフロントドアにクォーターウインドウなしのボディと、過渡期の魅力的な佇まいといえる。
ラ・フェルテ・ヴィダムの100周年イベント会場では、むしろ高年式寄りの1台だった。
1969年登場の2CV 6は1970年代以降に435㏄の2CV 4との2本柱となり、後者はじつはフランスの馬力課税区分でも”3CV”に移行。
アミ6とほぼ同じフラットツイン602ccを搭載する。
425cc版や435cc版とは別物の動力性能を得た。石油ショック時に『スペシャル』という簡素な内装のモデルが復活し、リアランプも逆台形型となっている。
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