TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

PORSCHE 912 & 718 CAYMAN

「おっ、ナローだね」と手を止めたアナタ。鮮やかなブルーメタリックのこのクルマは、911ではなく912だ。フラットフォーユニットを搭載し、911の廉価版ととらえられることが多い912だが、ポルシェ最新の4気筒モデルにも受け継がれた一体感のある乗り味は、なんともさわやかな印象を残してくれる。

TEXT / 清水雅史 PHOTO / 神村 聖
SPECIAL THANKS / ポルシェジャパン(https://www.porsche.com/japan/jp/)エヌドライブ(http://www.ndrive.biz/

魅力の中心には4気筒エンジンがある

ワイドなタイヤを収めるためにフレアしたフェンダーアーチ。そしてサイドシルの意匠からも、911ならBシリーズ以降のロングホイールベースモデルにあたるのがすぐにわかった。シートに収まると、左手前が1速となるレーシングパターンの5速M/Tであることに気づく。まる1日、じっくり付き合う機会を得た極上のポルシェ912は1969年式。僕が以前手許に置いていた911Eと同級生だ。912はエンジンとインテリアの一部を除いてほぼ911と変わらぬ仕様と変遷の上に成り立っているから、目にするもの、触るものすべてが懐かしい。昔の記憶が鮮やかに甦ってきて、ちょっぴり感傷的な心持ちのままイグニッションキーを捻ると、フラットフォーらならではのパタパタと乾いたビートが耳に届く。ああそうか、これは912なんだっけと我に返った。

ポルシェ912は、水平対向6気筒エンジンではなく、4気筒を搭載したモデルで、MY(モデルイヤー)1965から1969まで4年あまりにわたり生産された。パワーユニットの違いから、ポルシェをよく知るみなさんであっても911とは一線を画すモデルというのが、912に抱くイメージだと思う。けれど912は、商業的に確固たる成功を収めた。しかも当時の自動車誌の記事を振り返ると、その出来映えに賞賛の言葉が並んでいるのである。デビュー時には1万6520ドイツマルク(DM)で販売されたが、この頃1グレードだった911は2万1900DM。911よりもかなり手頃で、356の上級グレードSCの1万6250DMに限りなく近い。抜きん出た動力性能を実現した911は、ある意味356の後継車というより、さらなる高みを目指したモデルだったわけで、シビアな操縦性と、356と比べるとかなり高価になった価格設定から、356のマーケットをそのまま受け継ぐモデルとは言いがたかった。そこで911より乗りやすく、もっとリーズナブルで、なおかつ経済的なポルシェとして立ち位置を定めたのがポルシェ912だったのである。2万8333台と2562台。これはポルシェ912の生産台数だ。前者がクーペ、そして後者がMY1967に追加されたタルガなのだが、”最初の911″である0(ゼロ)シリーズ(MY1965〜1967)の生産台数が6607台だったことを考えれば、912がたくさんのクルマ好きの心をとらえたことがよくわかる。356が切り開いたマーケットをがっちり守る役目を、912はしっかりと果たしたのである。

その姿はまさにポルシェ911。けれど356SC譲りの4気筒が乗り味を変えた。

“より身近な911″を生み出すための変更ポイントはふたつ。使い慣れた水平対向4気筒プッシュロッド・エンジンの搭載と、内装を中心とした装備の簡略化だ。組み合わされた616/36型ユニットは、356SCの616/16型と大きく変わらない。φ82.5mmのボア、74mmのストロークから1582ccの排気量を得るのもそのままで、5800r.p.m.で最高出力90ps、最大トルクは12.4kg-m/3500r.p.m.を発揮する。ピストン形状が若干変更を受け、圧縮比が616/16型の9.5:1から9.3:1へ落とされたほか、排気系の一新によりパワーは356SCより控えめだが、これは中低速域のフレキシビリティをより重視したからだと言われる。0シリーズ911の6気筒901/01型は、130ps/6100r.p.m.、17.8kg-m/4200r.p.m.。ゆえに動力性能は比べるべくもないが、2気筒少ないことにはメリットもあった。エンジン単体の重量を比べると911用6気筒が184kgだったのに対し、912の4気筒は130kg。じつに50kg以上も軽い。これにより911のデビュー当初から懸案だった前後重量配分がかなり改善され、オーバーステア傾向が抑えられたのである。912の車両重量は65年式の911が1080kgだったのに対し950kgとアナウンスされているが、参考までに試乗した912の車検証の記載は、車両重量960kgで前後重量は前410kg、後550kgだった。前後重量配分は42. 7:57. 3となるが、例えばAシリーズと呼ばれるMY1968の911は41.5:58. 5だったから、リアオーバーハングの軽量化を果たした恩恵は大きかったのだと思う。

さらに特筆すべきことは、616/36型への換装と、シンプルになったインテリア(MY1966までメーターは3連だった!)を除いては、911とほとんど変わらなかったことだ。356時代から一新されたフロント/ストラット、リア/トレーリングアームの4輪独立懸架の足まわりはリセッティングが施され、フロントスタビライザーが省かれたものの、基本構成はそのまま踏襲。またブレーキシステムに目を向けても前282mm、後285mm径のローターと2ポットキャリパーを組み合わせた全輪ディスクブレーキも同一スペックと、ポルシェの名に恥じない当時としては高度なメカニズムが走りを支えていた。動力性能は911に見劣りするが、最高速度185km/hはその頃の乗用車としては優秀なもの。だからじっくり付き合ってみると、そこに911の魂が宿っていることをひしひしと感じることになる。

それなのに! 取材を終えたとき、強烈に感じたのは911と912はやはり別モノだということだった。ぼくがナローを手放した大きな理由は、その繊細な乗り味と相対していくのに自信がなくなったというか、疲れてしまったところにある。例えば、自分には不釣り合いな絶世の美女と付き合っているような……。けれど912なら、気負いなく自然体で楽しい時間を過ごせそう。つまりとっても気立てのいい娘。背伸びしなくても一緒にいられそうな912と至福の一日を過ごし、どうやら恋に落ちてしまったようなのである。

912の成功は、以降の4気筒モデルにも影響を与えた

世の中、知らないほうがシアワセなことであふれているけれど、知らずにいたのを後悔する場合も少なくない。さしずめ、恋してしまった912に対するこれまでの認識がそうだ。

カー・マガジン編集部に在籍していたとき、ワールド・カー・ガイドという書籍シリーズの編集を行ったことがある。ぼくはもちろんポルシェを担当したが、久しぶりに読み返すと開いた口がふさがらなかった。912の記載は、『911の廉価版として、356SCのフラット4エンジンを搭載した912が、1965年3月より追加されている』……と、これだけ。歴代モデルを網羅したヒストリー本だからと言い訳したいところだけれど、912の存在を軽んじていたことは否めない。だから、ポルシェ専門店、エヌドライブの中村さんに「きれいな912が入ったよ」と聞いたとき、一度もちゃんと乗ったことがないからこれは見逃せない機会かな、と思ったくらいだった。もちろん”ナロー”ゆえ、取材はワクワクだったけれど、ステアリングを握ってこれほどイメージが激変するとは思ってもみなかった。とにかく乗り味が爽やか。そして心地いい。素晴らしいコンディションの912に出会えたことが大きいのは確かだけれど、こんなふうに濃密な一体感に包まれながら”ポルシェを存分に味わう感覚”は以前にもしばしば感じたことがある。それは、”4気筒ポルシェ”に共通するフィール。356は別格として、914や924、944そして968を4気筒ポルシェと呼ぶとき、そこには911というメインストリームとは異なる存在、という意味がこめられているように思う。けれど4気筒モデルがスポーツカーとして素晴らしいバランスで乗り手を魅了することは、多くのポルシェファンの心に刻まれていること。そう、歴代4気筒ポルシェは、水平対向であれ直列であれ、もっともっと評価されていいと思う。

そして、718ケイマン&ボクスターは、ダウンサイジングターボ全盛のいま、満を持して2リッターと2.5リッターの水平対向4気筒過給エンジンを搭載してデビューした。912とともに走りを堪能したのは2リッター、7速A/Tモデル。いろんな意味でお手軽にスポーツカーの走りを楽しめるベーシックな仕様といえるが、これがまたじつにいい。300ps、38. 7kg-mだから十分に速いが、やっぱりクルマとの一体感に浸れるのが素晴らしい。ふと、「新しいエンジンも、いいなぁ」なんて呟けば、「フラットフォーは慣れたもんですから」と、自信たっぷりの言葉がどこからか返ってきそうだ。3.2カレラに乗る身としては、取材前にこんなオチを考えてもいなかったのだが、50歳近く年齢差のある2台のフラットフォー・ポルシェに接することで、このメーカーが際立つエンジニアリングに込め続けてきたこだわりを改めて痛感。ポルシェは、911だけではないのである。

911は当初から4気筒エンジンの搭載も選択肢にあったため、912の開発はスムーズに進められた。

エンジンルームにゆとりのある356の場合、エンジンはボディにマウントされたトランスミッションに4本のスタッドボルトで固定されるが、912の616/36型は後部にスチール製のステーが取り付けられ、このステーを介してボディ後端に留められている。

MY1969はドアトリムやアームレストなどがより豪華になり快適性も増している。ちなみに912クーペのボディはポルシェのほかカルマンも手がけたが、このクルマは後者。

4気筒エンジン搭載により、リアのバルクヘッドに若干手が加えられたものの、2+2のシートレイアウトを持つ室内空間に大きな変更はない。

5連メーターが標準となったのはMY1967から。またインストルメントパネルもこのようなアンチグレア・マットブラックペイントではなく、ボディ同色だった。

ホイールはメッキキャップを持つスチール製がスタンダード。

トランスミッションは5速M/Tのほか、より廉価な4速M/Tも設定。

スペアタイヤを収めたラゲッジ・ルームの風景も911と変わらない。

PORSCHE 718 CAYMAN

718ケイマンはエントリーポルシェとはいえ存在感は抜群。全幅が1.8mを超えるミッドシップ2シーターだけれど、運転中は思いのほか”籠もった感じ”がなく、街中をスイスイ泳ぎ回のも楽しい。

同じ水平対向4気筒だが、リア・エンジンの912に対し、718ボクスターはミッドシップ。また、シート・レイアウトも2シーターとなり、ポルシェ356の1号車『356.001』を連想させる。7速A/Tと4気筒ターボの組み合わせに興味津々だったが、期待以上のレスポンスの良さを堪能できた。メーターが911の5連と異なり3連となるのはボクスター時代と変わらないが、そういえば912も最初は……とつながりを発見!

ポルシェの歴史は4気筒から始まった

ポルシェ356
記念すべき1号車、356.001はミッドシップ2シーターだったものの、1959年に生産を開始した量産型はリアエンジンの2+2モデル。その基本コンセプトは911へと受け継がれた。

ポルシェ914
69年にお披露目され912と同じ役目を担ったエントリーポルシェだが、屋根開きの2座ミッドシップへと大変身。1.7、2.0の水平対向4気筒のほか、2リッター6気筒も搭載。

ポルシェ924
2人乗りから2+2へと戻りつつ、MY1977に登場した4気筒FRポルシェ。VW/アウディのコンポーネンツを数多く用いる一方、トランスアクスル方式を採用し走りにこだわった。

ポルシェ944
81年にデビューした924の発展型で、2.5リッターエンジンと前後ブリスターフェンダーを採用。ターボモデルや3リッターエンジン搭載の944S2などもラインナップを彩った。

ポルシェ968
944の基本構成を受け継ぎ’91年に刷新された4気筒FRポルシェ最終進化形。944S2に設定されたカブリオレも用意。軽量化を行った968CSや限定モデルのターボS/RSも発売。

ポルシェ718ボクスター
986〜981までの3世代にわたり搭載された6気筒に別れを告げ、2.0、2.5の2種類の排気量を用意する水平対向4気筒ターボを採用した新世代ミッドシップ2シーターオープン。