TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

SAAB 96 MONTE CARLO

WRCが始まる1960年代、その前身である欧州ラリー選手権(ERC)が開催されていた。その舞台で暴れまわっていたのが、ここで紹介するサーブ96である。2ストローク3気筒エンジンは極めて扱い難いが、回せば回すほどにドライバーを虜にする魔法のユニットであった。

TEXT / 武田公実 PHOTO / 内藤敬仁

モンテ連勝を可能にした
スカンジナビアンクーペ

愛くるしいボディフォルムとは
裏腹な本格ラリーマシン

20世紀中盤までの自動車誌などではしばしば引用されていた「ヘラクレスの腕力にバレリーナのつま先」という、いささか難解なフレーズ。たとえばACコブラなどの大排気量かつスパルタンなスポーツカーのドライブインプレッションなどで用いられたこの言い回しは、ステアリングがかなり重い一方で、スロットルやクラッチワークには細心の注意を要求する、手強いクルマを形容するものである。しかし、この可愛らしいサーブ96に乗った瞬間、そんな辛辣な表現が脳裏に浮かぼうとは、いかに博識な読者諸兄とて想像できないことだろう。

それは、筆者自身も同じことだった。2ストロークの3気筒エンジンをフロントに搭載し、前輪を駆動するということは、少なくとも誌面上の知識としては知っていたはず。したがって、設計が旧く、パワーアシストの無い前輪駆動車の常としてステアリングが重いのは、決して珍しいことではない。また2ストロークゆえに、微低速のトルクが細めになることだって、それなりには分かっていたつもりである。

しかし筆者が決定的に見落としていたのは、この一見大人しくも見える小型車が、実は1960年代初頭における最強のラリーマシンであったこと。そしてその2ストローク3気筒エンジンは、この時代としては、かなりのハイチューンであったことも、完全に意識から抜け落ちていたのである。

おそらく、近年では詳しく語られる機会も少なくなってきているサーブ96モンテカルロ。インプレッションを滔々と語る前に、まずはこのクルマのプロフィールとヒストリーについて、いまいちど読者諸賢と一緒におさらいさせていただくことにしよう。

60年代ラリーシーンの最強モデル

個性派小型車として知られるサーブ96が、総排気量841ccの2ストローク3気筒エンジンとともにデビューしたのは1960年のこと。それから2年後となる62年には、先代93時代から設定されていた高性能バージョン「GT750」も96シリーズへと進化。増加した排気量に合わせて「GT850」を名乗ることになった。

ちなみに「GT850」は、このクルマのメインマーケットである北米市場でのネーミング。スウェーデン本国を含むその他の市場では「サーブ・スポーツ」と呼ばれた。いずれの仕様でも、93時代には2基だったキャブレターを3基に増設。当時の1000cc未満の市販車としてはかなり優秀な52psを発揮し、865kgの空力的ボディを150km/hまで引っ張ったという。またこの速さに対応して、前輪にはディスクブレーキも奢られた。

そしてGT850は、デビューイヤーである1962年を皮切りに、翌63年にもモンテカルロ・ラリーで連勝したことにあやかり、「850モンテカルロ」と改名する。その立役者となったドライバーこそ、かのエリック・カールソン。身長191cm、体重120kgという巨大な身体を無理矢理折り曲げるようにして小さなサーブの車内に押し込み、神業のごときスーパードライビングで、サーブをラリー界の頂点に押し上げた偉丈夫だったのだ。

カールソンの駆るサーブは、先ずは93時代の1960年、英国RACラリーで総合優勝を果たし、翌61年はアクロポリスで優勝したほかRACも連勝。主戦兵器を96にスイッチしてからは、RACで怒涛の3連勝を決めただけでなく、前述のモンテカルロでも連覇を果たした。つまり、この時期のサーブ96とカールソンは、欧州ラリー界最強のコンビだったのである。

生粋のラリーマシンの
片鱗が垣間見える

航空機メーカーでもあるサーブが空力コンシャスを究めた結果、実に可愛らしくなったボディには、クロームメッキを好むアメリカ人の嗜好に合わせて、サイドに2本のクローム帯が入れられる。そして作りの良いドアを開いて、大柄な北欧人の体躯にも適応した分厚いシートに身を沈めると、このクルマが見た目どおりの「癒し系」であると認識してしまいそうになる。

しかし、長めのクランキングの後2ストローク3気筒エンジンに火が入ると、その甲高い快音に周囲の空気が一気に張りつめていくのが分かる。アクセルを必要以上に煽ろうものなら、排気音が一瞬にして絶叫に変わり、タコメーターの針は凄まじい勢いで踊る。最初のうちは少々気を遣って、アイドリング+αの回転数でクラッチを繋ごうとしたものの、明らかにギクシャクする。ところが、オーナーに促されて思い切ってアクセルを踏み込んで発進すると、それまでの苦労がまるで嘘のように雲消霧散。スピードが乗ったあとでも、可能な限り高回転をキープすることが、最もスムーズな走りに繋がることが判明したのだ。

またステアリングは、865kgという車重からは信じ難いほどの手応え。キャスターアクションも強めで、特に低速域ではかなりの労力を強いられるのだが、しばらく走らせてみると非常にクイックかつ正確であることに気づかされる。ブレーキもサーボこそ弱めのセットだが、制動力は充分以上のもの。これらの特性はラリーの現場、特に雪道での正確なハイスピードドライブに適応したものと言えよう。

ちなみにワークス96用のエンジンは、当時の技術的水準では限界に近い86.5psまで到達していたというが、さぞかしピーキーだったことだろう。右足でアクセルを踏んだまま左足でブレーキ操作するスカンジナビアン・ラリーストのお家芸「左足ブレーキ」は、実はサーブの2スト特有の狭いパワーバンドを保つため、カールソンら60年代の「サーブ遣い」たちが編み出した技法だったという。今回ノーマル版とはいえ96モンテカルロに乗る僥倖を与えられた筆者は、そのエピソードも思い出すことになったのだ。

一見しただけでは、60年代らしく愛くるしい小型実用車。しかしその実体は、ミニ・クーパーSにも匹敵したラリーマシン。なるほど、このギャップにやられてしまう、コアなサーブ愛好家の気持ちが良く分かったのである。

なだらかな曲線を描いて落ちていく美しいボディフォルム。実のところ非常にスパルタンな乗り味で、美しさと荒々しさ、このギャップにヤラれてしまうのである。

飛行機メーカーだけあって、空力を意識したキレイなボディラインが随所に見られる。
技術屋サーブらしい精巧な網目で美しい造形のフロントグリル。
フューエルキャップにはSAABの文字が刻まれる凝りようだ。
タイヤは再生産のクラシックタイヤ、ミシュランXASが履かれている。注文後しばし待ってから到着する注文制のタイヤで、この手間の掛けようにこそ、オーナーのサーブ96に対する愛情が感じられる。
サイドウインドウ上部には、雨天に窓を少し開けて換気する際に、雨が入り込まないようアクリル板が設置されている。
Cピラーにはエアベンチレーターが備わる。こういった細かな造形にも美しさが感じられる。
2ストローク直列3気筒エンジンは、その見た目に反して非常にピーキーでスパルタンなキャラクター。エキゾーストノートは、2ストらしくパンパン吠えまくる。
整然と並べられたメーターおよびスイッチ類。装飾よりも効率と分類に重きを置かれた、いかにも「理系人間」がレイアウトしたコクピット。
コクピット左脇のパートには、空調関係のレバーがきれいに並び、それに加え電動ファン、ワイパー、ハザードなどのスイッチ類が配置される。
助手席前のグローブボックスには「MONTE CARLO」のアイアンプレートが備わる。
小ぶりなフロントシート。背面の腰当てが標準装備と言うから驚きだ。

SPECIFICATION
RENAULT ALPINE V6 TURBO
全長×全幅×全高:4170×1580×1470mm
ホイールベース:2498mm
トレッド(F&R):1220mm
車両重量:865kg
エンジン形式:直列3気筒2ストローク

総排気量:841cc最高出力:52ps/4750r.p.m.
最大トルク:9.0kg-m/3800r.p.m.
サスペンション(F/R):ダブルウィッシュボーン/Uビームアクスル
ブレーキ(F/R):ディスク/ドラム
タイヤ(F&R):155SR15

MORE INFO

スポーツ性と美しさが共存した
類まれなる1台

1960年にデビューしたサーブ96の高性能バージョンとして、62年に登場。当初は「GT850/サーブ・スポーツ」と命名されるが、この年にモンテカルロ・ラリーでの初優勝を果たしたことから「96モンテカルロ」と改名された。縦置きFFレイアウトとなる2ストローク3気筒エンジンは、スタンダード版96と同じく841ccだが、キャブレターをゼニス社製シングルからソレックス34BIC三連装に増設するなどのチューンアップで、38psから52psに増強。フロントには、サーブでは初となるディスクブレーキも装備された。また96シリーズ最上級モデルとしての役割も期待されており、サイドのクローム加飾など内外装も豪華な仕立てとされていた。

PROFILE/武田公実

国内外のクラシックカーイベントに招聘されたり、MCを務めるなど、クラシックカーへの造詣の深さでは定評のある氏。今回はサーブのギャップにかなりヤラれまくった模様。