TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

CITROËN DS 21 PRESTIGE

シトロエンのフラッグシップモデルであったDSに、カロシエが手を加えた特別な仕様が存在した。それがアンリ・シャプロンだ。特別に設えられた内装、そしてその快適な乗り心地は唯一無二の存在だった。

TEXT / 森口将之 PHOTO / 内藤敬仁
SPECIAL THANKS / シトロエン横浜緑(http://yokohamamidori.citroen-dealer.jp/

アンリ・シャプロンの流儀

宇宙船と称される前衛的なデザインは、イタリア人のフラミニオ・ベルトーニの手によるもの。そのスタイルは未だ色褪せない、不思議な魅力を放ち続けている。

シトロエンDSは特別なクルマではない。廉価版のIDを含めれば20年間で約140万台、年間約7万台も作られたのだから、日本で言えばトヨペット・クラウンに相当する量産セダンだったと捉えるべきだろう。僕自身、こうした表現を使った覚えがある。でも一方で、DSは当時のフランスにとって特別なクルマでもあった。

高級アパレルブランドが軒を連ねることで知られるフォーブール・サントノーレ通り。その中ほどに、大統領官邸が居を構えるエリゼ宮がある。近所には高級ホテルが並ぶヴァンドーム広場もある。そんな場に似合うクルマは、いまなら黒塗りのDS9あたりかもしれないが、半世紀前にその役を務めていたのが、やはり漆黒のDSだった。

第2次世界大戦直後、戦勝国でありながら国土が甚大な被害を受けたフランスは、大衆のための手軽な移動手段の確保を重視し、税制面などで小型大衆車を優遇する政策を導入した。その結果、ブガッティやドラージュ、ドライエなど、世界に名だたる高級車が、次々と姿を消していく。しかし要人を運ぶクルマが必要であることは変わりない。その重責を担ったのがDSであり、陰で支えたのがアンリ・シャプロンだった。

シャプロンはイタリアのカロッツェリアに相当するカロシエとして、戦前はドラージュやドライエなどのボディを手掛けた。しかし戦後、これらのブランドが相次いで消滅し、活躍の場が奪われていく。そんな中現れたのがDSだった。シトロエンの最上級車だから車格は文句なし。しかも2CV同様、モノコックボディではなく、強固なプラットフォームの上に車体を構築していた。スペシャルボディを架装しやすい構造だったのだ。

シャプロンが手掛けたDSというと、1958年のパリサロンで発表された2ドア4シーターカブリオレの「クロワゼット」やクーペの「パリ」といったパーソナルカーが知られる。このうちカブリオレは後にシトロエンのラインナップに加わるまでになった。しかし忘れてならない存在がもう1台ある。同じ58年に登場したプレスティージュだ。

ハイドロニューマチックと3mを超えるホイールベースがもたらす極上な乗り心地。以来、ハイドロはシトロエンの代名詞にもなった。

いちばんの見せ場はインテリアで、前後席がガラスのパーティションで仕切られ、リアコンパートメントにはバカラのグラスを収めたワインセラーから、当時としては画期的な無線電話まで、さまざまなアイテムを追加できた。それは、リムジンと呼べる内容だった。こうした装備を不満なく動かすため、電装系が他のDSに先駆けて6Vから12Vに格上げされていたことも特徴だった。

「追加」と書いたとおり、プレスティージュの仕立てはオーナーの要望によって自在に変えることができた。ドラージュやドライエなどで手掛けた仕事をDSの上で展開したような存在だったのだ。

今回取材した1台も、こうしたストーリーから生まれたものだろう。ボディサイドにはアンリ・シャプロンの文字、トランクリッドにはエンブレムが装着されていた。キャビンは当然ながら、シートがレザーになる。DSのシートはモケットに限るという人は多く、僕もあのマシュマロのような感触は好きなのだが、革張りは表皮の厚みと張りが、それよりも重厚な着座感をもたらしてくれて、別格感を漂わせてくれた。

ふと上を見上げると、サンバイザーの間の小さなスピーカーが目に入った。聞けば後席との会話用に装備されたものだという。たしかに後席にも、同じサイズのスピーカーが装備されていた。

メカニズムは基本的に他のDS21と同じ。トランスミッションはハイドローリックタイプだった。ステアリングの奥に生えたシフトレバーを操り、それに合わせて右足を動かしながら走らせる。ひさしぶりにドライブして感じたのは、シューッ、ギューッという油圧の音が、ハイブリッドカーのモーターやインバーターの作動音を思わせること。やっぱりこのクルマは先進的だ。

ひととおり運転を楽しんだところで、後席へと移る。スロープしたルーフラインの影響だろう、ロールス・ロイスなどと比べると着座位置は低め。足元や頭上のスペースは、それほど広くはない。でもホイールハウスの出っ張りが一切ないのは、乗り降りのときも、中でくつろぐときもありがたい。

取材車はアンリ・シャプロンが手掛けたプレスティージュの中ではシンプルな仕立てで、パーティションのガラスは手動であり、時計と例のスピーカー以外は灰皿や小物入れがあるだけというもの。でも合計3か所の小さなリッドが、シトロエンとしては珍しくウッドでしつらえているところは興味深い。シャプロンの意地が伝わってくるようだ。

走り出すと、DSの特等席は後席ではないかという思いが強まった。たしかに独特のドライビングオペレーションは、固有の楽しみをもたらしてくれるけれど、それらから一切解放され、強固なプラットフォームとストロークのたっぷりしたハイドロニューマティックサスペンションがもたらす、雲の上を漂うようなフィーリングをピュアに味わえるのは、極上の時間としか言いようがない。完全にホイールベースの内側にいるからだろう、乗り心地に前席との差は感じない。

ここまではパーティションのガラスを半分開け、運転手役の編集スタッフと話しながら移動していたのだが、途中で「閉めたらどうなるのだろう?」と思い、実行してみた。見事だった。相手が大声でしゃべれば聞こえるけれど、普通の声だと、音は伝わるものの話の内容までは分からないのだ。

日本ほどではないにせよ、フランスにも第二次大戦後の高度経済成長期は存在していて、それは「栄光の30年」とまで言われた。その牽引役となったのが、この場で極秘会談を交わしていた人たちであることを想像すると、DSはやっぱり戦後のフランスを象徴する1台だと、思いを新たにしたのだった。

インテリアに特別な仕様が施されたアンリ・シャプロンだが、ショーファーの色合いが強いこともあって、運転席はノーマル然としたもの。

前席とはパーティション用のガラスが設置される。シトロエンとしては珍しいウッドパネルを採用しているのも特徴的。ふんわりした座り心地もDSの特徴のひとつ。

トランスミッションはセミオートマタイプ。変速ショックはあるが、当時はかなり先進的なメカニズムだったといえるだろう。ステアリングコラムにレイアウトする。

2175ccの直4 OHVエンジンは、実用性を重視した味付け。ハイドロと相まって独特な走行フィールをもたらす。エンジンルーム内はスフィアなど、ギッシリと詰まっている。

SPECIFICATION
CITROËN DS 21 PRESTIGE
全長×全幅×全高:4840×1790×1470mm
ホイールベース:3125mm
トレッド(F/R):1500/1295mm
車両重量:1320kg

エンジン形式:直列4気筒OHV
総排気量:2175cc
最高出力:101ps/7000r.p.m.
最大トルク:16.7kg-m/3000r.p.m.
サスペンション(F&R):I.HPS.
タイヤ(F&R):180-380