TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

LANCIA FULVIA COUPE 1.3S

今から110年以上前の1906年に創立され、イタリアの中流階級に愛され、気品溢れる車両を作り続けてきたランチア。もちろんストラトスやデルタの活躍によるラリーのイメージも強い。ただ、ラリーで活躍した最初のマシンは、鼻先に狭角V4ユニットを搭載したこのフルヴィアからなのだ。

TEXT / 嶋田智之 PHOTO / 内藤敬仁
SPECIAL THANKS / コレツィオーネ(http://www.collezione.co.jp/

名門の名門たる所以

ストラトスHFにラリー037、デルタS4、そしてデルタHFインテグラーレ。ラリー・フィールドで猛威を奮った英雄達には、もちろん憧れる。

あるいはLC1にLC2、ベータ・モンテカルロ・ターボといった、サーキットを駆け抜けた見目麗しいレーシングカー達の存在にも、もちろん。

それらのほとんどにアバルトの影が見え隠れしようとも、僕達の意識の中では、かつてランチアの名前はモータースポーツとイコールで結ばれていた。創設者ヴィンチェンツォ・ランチアの息子、ジャンニの時代には、ミッレミリアやタルガ・フローリオ、ル・マンやF1などにも挑戦していたのだから、ざっと創業の1906年から今日までの中のおよそ1/3の期間を、モータースポーツと密接にしてきたことになる。歴史的に見ても、ランチアとモータースポーツがひと括りになるのは不自然でも何でもないのだ。

けれど待ち合わせ場所に着くと、そこにはランチアのもうひとつの魅力的な貌が、思いがけず佇んでいた。

フルヴィア・クーペ、である。

ちょっと待て、フルヴィアはガチでモータースポーツの貌だろ? と思った方、あなたは正しい。けれど、100%の正解とはいえない。フルヴィア・クーペは確かにランチア・ワークスのHFスクアドラ・コルセによって1960年代後半からラリーへ本格投入されて、1972年には世界ラリー選手権の前身といえる国際マニュファクチャラーズ選手権のタイトルを手中に収め、1969年と1973年のヨーロッパ・ラリー選手権のチャンピオンにも輝くなど、大活躍を収めたマシンである。だが、それはラリー参戦を睨んで開発された“HF”マークのついたヴァージョンのお話。標準的なフルヴィア・クーペとは一線を画している。日本でいえばカローラ・クーペに対するカローラ・レビンみたいなものか。いや、もう少し開きがあると考えるべきだろう。佇んでいた“フツーの”フルヴィア・クーペは、そう思えるほどにエレガントな雰囲気を漂わせていた。マルーンのボディ・カラーに淡いブラウンのインテリアという絶妙なコーディネートがなおさらそう感じさせたのかも知れないが、ランチアのもうひとつの貌、というより元々のブランドとしての持ち味─上品で上質かつ独創的な高級車であること─をどこか奥ゆかしげに、それでもハッキリと主張するかのようだった。

フルヴィア・クーペがデビューしたのは1965年。先に世に出たベルリーナに追加されるかたちでの登場だった。おもしろいのはベルリーナとクーペ、同じ名前を持ちながら1枚たりともボディ・パネルを共有していないこと。恐ろしく贅沢な作り方だが、その美意識の高さこそがランチアらしいところなのだ。おかげで大きさの異なる四角い箱を積み重ねたかのようなベルリーナとはまるで異なる、端正なクーペが出来上がった。ベルリーナとの共通項は水平線をひとつの基調としてるということ程度で、クーペの場合はそれに様々な種類の絶妙な弧を描く張りのある曲面が巧みに合わされている。そしてキャビンと呼べる部分の何て繊細なこと。バンパーを外して補助灯をつけたラリー仕様のヤル気な姿にも惹かれないわけじゃないが、素のフルヴィア・クーペはこんなにも優雅だったのだな、とあらためて感じる。

そしてまたランチアを強く意識させられるのが、インテリアだ。品のある木目のパネルにウッド・ステアリング、同系で綺麗にまとめられた色使い、そしてポッテリと厚手で座り心地のいいシート。質感が高く、わざとらしさのない華やかな空間がそこにある。

走りはじめても、このフルヴィア・クーペ1.3Sには格段に尖ったところはない。というとつまらないクルマを想像されてしまうかも知れないが、そういうことじゃない。トータル・バランスに優れている、といえばいいか。狭角にすることでシリンダー・ブロックとヘッドをひとつですませ、さらには片バンクのカムが両バンクの吸気バルブを、もう片バンクのカムが両バンクの排気バルブを駆動するという呆気にとられるような凝ったメカニズムを持つV型4気筒エンジンは、この後期型のスタンダード・モデルでは1298㏄の91PSに過ぎない。ただしスタートの領域からトルクが豊かで車重も900kg台後半─諸説あるが─と軽いから、早朝の都心を気持ちよく軽やかに走る。その気になって踏み込めば、排気量の小ささを感じさせない勢いで爽快に加速する。5速MTのシフトの感触も悪くない。コンパクトなエンジンがフロント・アクスルの真上というかほとんどオーバーハングにマウントされてるせいか、駆動輪である前輪にしっかりトラクションがかかってるのが判る。そんなところに重いモノが載ってるわりには─それだからなのか?─交差点でもコーナーでもサラッと気持ちよく曲がってくれる。4輪ディスクのブレーキも、この年代にありがちな微妙な不安感など感じさせずによく効いてくれる。全長3975mmに対して全幅は1555mmとスレンダーだから、どんな場所でも労せずスイスイ抜けていける。そうした様々なパートの持つ各々のパフォーマンスが、そこそこ以上のレベルで綺麗にバランスしてるのだ。尖ったところはHFラリー系にオマカセで、日々の暮らしのあらゆる場面で“楽しいな”“気持ちいいな”と感じられるように作られてるのである。素晴らしいバランス感覚。

─だが今、こうした素晴らしいクルマを作ってきた美意識溢れるブランドは、瀕死の状態にある。FCA内のブランドの再構築でマセラティとアルファ・ロメオに挟まれ、居場所を見つけられなかったからだ。けれど再構築計画の立案から何年が経った? あれから状況も環境も変わっているはずだ。マセともアルファともまるで異なる、スタンダード・フルヴィアのようなランチア本来の持ち味をさらに純化して上手に膨らませ、例えばイタリアン・プレミアムEVブランドとして育てるとか、何かできることはないのか? ランチアが本当に消滅してしまうのだとしたら、それは未来に向けての自動車史上の大きな損失だと思うのだ。

丸みを帯びたフォルムで厚みがあり、座り心地に優れたフロントシート。

シフトパターンは左手前が1速のHパターンで、この時代ながら5速まである。

アイアンホイールながら、凝ったデザインを採用。センターキャップにはランチアのエンブレムが刻まれる。

時代を感じさせる細身のマフラーエンド。回転が高まるにつれて甲高い音を奏でる。

前輪の上ではなくさらに前方に搭載された狭角V4ユニット。鼻先を重くすることで前輪のグリップを上げ、優れた回頭性を披露した。

ラリーでも活躍した優れたバランス

フルヴィア・シリーズは、ランチアが1963年に発表した小型車で、大ヒット作ながらモデルとして古くなっていたアッピアの後継モデルである。クーペが登場したのはセダンの2年後、1965年。その端正なスタイリングは社内デザインによるものだ。最も有名なのはヨーロッパを中心にラリーで大活躍を収た“HF”のグレード名を持つ高性能モデルだが、競技用以外のスタンダードな仕様もあって、その最終仕様といえるのが今回の1972年式1.3S。チューニングは異なれど凝ったメカニズムは標準型もHFも一緒で、本国では標準型の尖りすぎないスポーティさを好む向きも少なくない。1972年登場のベータに後を譲り、1976年に生産終了となる。

LANCIA FULVIA COUPE 1.3S
SPECIFICATION
全長×全幅×全高:3975×1556×1302mm
ホイールベース:2330mm
車両重量:971kg(乾燥)
エンジン:V型4気筒DOHC
総排気量:1298cc

最高出力:90ps/6000r.p.m.
最大トルク:11.6kg-m/5000r.p.m.
サスペンション(F/R):Wウイッシュボーン/リーフ
ブレーキ(F&R):ディスク
タイヤ(F&R):165SR14

PROFILE/嶋田智之


本誌前編集長にしてティーポ発刊メンバーの一人。現在持っているティーポのイメージを構築した張本人。以前は外出といえばクルマ移動のみだったが、最近は電車移動が増えたとのこと。