4輪とも2輪とも違う走りの個性

現代に蘇ったモーガン3ホイーラー
時速60km/hと一口に言っても、その感じ方は様々だ。ロールス・ロイスのリアシートなら止まっているようなスピードに違いないが、競技用自転車ならばそれは限界に近く、生命の危険を感じるときもある。
モーガン3ホイーラーで感じる60km/hは、スピード感もさることながら、独特の心地良さが感じられる。目と鼻の先で太鼓のような鼓動を打つS&SのVツインは自動車世界にない雰囲気の持ち主だし、ヴィンテージカーを彷彿とさせるコックピットもいい。
モーガンの原初の姿でもある3ホイーラーは、戦前のイギリスにおける4輪車にかけられた高い税金を回避するための手段でしかなかった。だがモーガンの創始者であるH.F.S.モーガンは、サイクルカーやラナバウトと呼ばれていた3ホイーラーに、スピードとスタイリッシュなシルエットを与えることで尊敬を集め、同時に自らの名を広めた。
1910年代はイギリスのみならずヨーロッパにおいてもサイクルカー・レースが盛んに行われており、モーガンはそのトップ争いの常連だったのである。
現代に蘇ったモーガン3ホイーラーは、往年のスピードモデルのDNAを継ぐ存在と言えるだろう。2011年のジュネーブ・ショーでデビューした現代の3ホイーラーは大いに脚光を浴び、瞬く間に世界中からデポジットが集まったのだった。
比較的初期に生産されたニュー・モーガン3ホイーラーは、ヴィンテージカーというより戦闘機のようにキュッと引き締まったシルエットが美しい1台だった。ところが肝心なドライブフィールは、直進安定性に重きが置かれている、といえば聞こえがいいが実際にはロールしない、曲がりたがらない性格付けがされていた。しかも何年か後にそのオーナーに聞いたところ、エンジンの振動でフレーム部分にクラックが入るなど、製品としてのクオリティにも問題があったようだ。
4輪のモーガンはアルミ接着のフレームで新たな次元を目指している。だが3ホイーラーへの先祖返りは、そう簡単ではなかったということなのかもしれない。家内制手工業のようなモーガンが、まるでドイツの大自動車メーカーのようにモデルの年次改良など行うのだろうか? 半信半疑のまま僕はコックピットに滑り込み、スプリングスポークの(!)ステアリングを握った。
目の前に広がるのはダッシュパネルというより、まさに軽飛行機のコックピットそのものの風景だ。ABCペダルはフォーミュラカーに使われるような下生えのレーシーなもの。だがインテリアを覆うバーガンディ色の革はモーガンの伝統に則った上質なもので、ラグジュアリー感も確保されている。さらに今回驚かされたのは、シートの座面にシートヒーターが仕込まれていたことだった。これはヒーター以上に重宝する装備といえる。
新鮮な感動を呼び起こしてくれる
エンジンを掛けた瞬間の荒々しい鼓動は以前と同じだった。まるでピストンとバルブがクラッシュし続けるような打鍵音が響き、早く走り出そうと急かしてくる。ヒストリックカー好きはとかく生産年次の新と旧を区別したがるものだが、これだけ生々しいレシプロの感触があれば、クルマ趣味人がエクスキューズを付けることなどできないだろう。
少し重めのクラッチをリリースすると、車重600kgほどの戦闘機は脱兎のごとく駆け出した。直線路でステアリングを微かに揺さぶってみると、目の前に見えるダブルウィッシュボーンのフロントサスペンションがしなやかに動き、ものの見事にロールする。少ない舵角のまま、きれいなコーナリングフォームが決まるのだ。実際のコーナリングでも切りはじめからタイトコーナーの奥の回り込みまで、実に素直に切れ込んでいく。4輪と違ってリアが粘ることなく倒れ込み、フロント外輪に積極的に荷重がかかるので、例え60km/h程度の速度であっても体感スピードは十分だ。これこそ4輪とも2輪とも違う、3ホイーラー・ドライビングの魅力なのだろう。
インポーター曰く、フレームに使われているパイプの強度が変更された他、全体的に手が入れられているという。ボディの剛性を上げることでスプリングの設定を柔らかくできる、もしくは柔らかくなったように感じられるというのは、4輪のサスペンションセッティングと同じ手法といえる。
フロントタイヤはエイヴォン製のモーターサイクル用と思しき細さだが、その接地荷重の高さや抵抗感のなさが、細身のステアリングと見事に符合している。初代のロータス・エリーゼの代名詞であったヒラッヒラッという身のこなしを、マイナス200kgほどの車重で実現した、そんな表現が的確なのだと思う。
ドライブコンシャスに生まれ変わったモーガン3ホイーラーは、少しずつ内臓脂肪が増している現代のライトウェイトスポーツたちに喝を入れる新鮮な1台なのだと確信した。