TMB IMPRESSION

<インプレッション>
実際乗ったらどうなんですか?
TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

PORSCHE 911 CARRERA

一歩一歩少しずつ、けれど確かな改良を積み重ねることで、完成度を高めていったビッグバンパー時代のポルシェ911。中でも最終型であるカレラ3.2には熱いまなざしが向けられるが、実はその初期モデルと後期モデルでは印象が大きく異なる。後期モデルのオーナーである筆者が、初期モデルを知るべく、1984年式の美しいカレラ・クーペに乗った。

TEXT / 清水雅史 PHOTO / 田中秀宣
SPECIAL THANKS / エヌドライブ(http://www.ndrive.biz/

進化は正義か?
ビッグバンパーの葛藤

友人と、よき時代の味わいを残す911シリーズで走りを楽しむなら、どのモデルを選ぶかという話になった。彼は空冷ポルシェなら964だという。僕は1988年式の911カレラを所有するので、当然のことながらこの年代を擁護。話は平行線をたどった。

89年デビューの964シリーズは、フルタイム4駆モデルの設定で話題を集めたけれど、コイルスプリングを採用した前後ストラット式サスペンションが与えられたことも見逃せない。足まわりの一新で乗り心地を劇的に改善。さらにティプトロニックと名付けられたA/Tが選べ、パワーステアリングも装備した。加えて空調システムにも大きく手が入れられ、964は快適に高性能を満喫できる911となったのである。ゆえに、964は明らかにモダン。それ以前とは、見た目以上の世代差がある。プリミティブな味わいに心をときめかせるか、より安楽に走りを堪能するか。どちらもヴィンテージな空冷ポルシェとはいえ、ふたりの意見が相容れないのはいたしかたない。

84年式の911カレラが取材できることになったのは、そんなやりとりがあってすぐのことだった。その排気量からカレラ3.2と呼ばれるNAモデルの最初期型ディーラー車。わずかにブラウンを染め込んだようなシルバー系のボディカラー“ジンメタリック”は輝きを失わず、オーナーからたっぷり愛情を注がれてきたことが推し量れる。エンジンルームは整備が行き届き、室内に目を移せばこれまた素晴らしいコンディション。スポイラーはフロントのみ、サンルーフなしというのもマニア心をくすぐる。”良くも悪くもカレラ3.2は硬派な911″なんてざっくり評してしまうけれど、初期のモデルについてはステアリングを握った経験が少ない。これはまたとない機会に一日をともにすることにした。

ところで74年〜89年までの911は、がっしりとしてそれ自体が強烈に主張するデザインの前後バンパーを持つことから”ビッグバンパー”と括られる。930と通称されるが、964、993といった呼び方をするなら正確には”911″だ。70年代に入ると、第一次オイルショックをきっかけにクルマの環境性能向上が避けて通れぬ課題となり、なかでもアメリカの排気ガス規制は年を追うごとに厳しさを増した。また、これと時を同じくして衝突安全性への関心も高まる。そのため北米を最大のマーケットとしていたポルシェは、クリーンかつ安全な新型車を開発しなければ生き残れない状況に陥ったのである。

そこでポルシェの出した答えが74年モデル、つまりビッグバンパーだった。安全基準に対応する衝撃吸収バンパーを開発し、エンジンはKジェトロニック燃料供給システムを組み合わせ、全モデル2.7リッターへと排気量をアップ。低回転からぶ厚いトルクを得ることで省燃費と高性能の両立を図った。そうしてここから、トーションバーを用いたサスペンション形式やリアエンジン・リア駆動、空冷水平対向6気筒といった1965年からの成り立ちはそのままに、時代に寄り添いつつ改良を積み重ねていったのである。

進化し続けたビッグバンパー

そんなビッグバンパーは、75年〜77年の2.7リッター・モデル(76/77年にカレラ3.0も設定)、78年〜84年のSC(3リッター)、そして今回の主役である84〜89年のカレラ(3.2リッター)という3世代に分けることができる。2.7リッターは標準モデルこそ”ナローボディ”だが、高性能版のカレラ2.7/3.0はファットなリアフェンダーを持ったボディスタイルを採用。SCとカレラ3.2はこれを踏襲し、見た目は双子のようにそっくりだ。わかりやすい違いは、ボッシュ製フォグランプがステーを介した吊り下げ式からボディパネル埋め込みタイプに変わったことくらい。それを見逃せばエンジンリッド上のエンブレムに頼るしかない。このような数少ない識別点をみるかぎり、カレラ3.2はSCの延長上にあるビッグバンパー最終進化型と誰の目にも映るだろう。964にバトンを渡すまでの6年間、ターボルックの設定やクラブスポーツ、スピードスターといったスペシャルなモデルでファンを喜ばせたことを除けば、カレラ3.2の歴史は凪のように穏やか。しかし細やかな変更点に目を向けると、時代の求めに応えようとするポルシェの真摯な姿勢が浮かび上がってくる。

まず85年式では、前後バルクヘッドとフロアのスチールパネルを変更。鋼板の肉厚を0.75mmから1mmにすることでボディ剛性を高めたのである。メカニズム面ではフロント右タイヤハウス内に設置したオイルクーラーが、真鍮パイプ式からより高効率なコアタイプへとグレードアップ。外観上は電動昇降式のロッドアンテナがウインドウ埋め込みタイプへ、インテリアではハイトアジャストが可能な電動タイプも選べる新型シートを採用した。さらにSC譲りの3本スポーク・ステアリングが四角いホーンパッドを持つニューデザインの4本スポークに変わったほか、シフトレバーのショートストローク化が図られている。

86年にも進化の跡は認められ、快適性向上を目的としたインテリアへの手当が際立つ。左右/中央エアベントを大型化し、各種スイッチ類をより使いやすくレイアウトしたほか、座面を若干低くするなどシートポジションの最適化も行った。さらにダンパーやスタビライザーの改良により、アンダーを弱める方向でサスセッティングを見直している。

続く87年には、ポルシェシンクロを用いた915型トランスミッションがボルグワーナー製シンクロを採用するG50型へとチェンジ。同時に油圧クラッチを導入し、シフトリンケージの強化も盛り込まれた。また外観上はリアのリフレクター位置がバンパーからレンズユニットに移った新型パネルを装着。7年だったメーカーの防錆保証が10年に延長されたこともトピックだった。88年はフックス製鍛造アルミホイールを筆頭に、助手席調整の電動化/集中ドアロック/ヘッドライトウォッシャー等のオプションの標準化が主な変更点。そして89年にはスタビライザー径変更、シートヒーターの採用などが行われている。

そう、カレラ3.2は年式でけっこう違う。それゆえ高年式をターゲットに絞り込むオーナー予備軍は多いに違いない。また85年のボディ剛性向上と87年のG50ミッション採用の2点は、最も気になるところだろう。

初期型ならではの軽やかさ

話を主役に戻そう。キーのひとひねりで造作なくエンジンに火が入り、84年式カレラ3.2はあっさりと目覚めた。すぐに安定したアイドリングに移るのも、モトロニック制御となったこの世代のフラットシックスに共通だ。

さて、乗り慣れた88年式とどのあたりが異なるのか? それをはっきりさせるため、操作系の感触を確かめつつ街中へ乗り出す。するともう、あれっ、違うぞと心がざわつきはじめた。クルマが、軽い。身のこなしもそうなのだけれど、贅肉がそぎ落とされた感じなのだ。スペック上はどちらも1210kgだが、車検証から車両重量を拾うと、取材車両は1230kg、僕の88年式が1290kg。この差を生み出している88年式の装備といえば電動シートとリアウイングだろうが、それだけで60kgも違うとは思えない。やはり鋼板パネルの肉厚化が重量増に関わっているのだろう。

確かに、堅牢なモノコックに包まれているという感覚は88年式のほうが強い。しかし、84年式の軽やかな乗り味にはナローと一脈通じる爽やかさがあり、その印象はワインディングにクルマを持ち込むとさらに鮮やかなものとなった。ステアリングやスロットルの入力にクルマが素直に、そしてシャープに反応する。高速域における安定性は最終年式に近づくほど高まり、優れたグランドツーリングカーというキャラクターを色濃くしていくが、それと引き替えに失ったものもあるのではと思えてきた。ギアボックスにしてもそう。ゲートが明確でコクコクと確実にシフトが決まるG50は、どんな視点から見ても完成度が高い。これに対して84年式の915型は収まりどころがやや曖昧で、スムーズに操作できるようになるまでは慣れが必要だ。けれど力の加減というかコツを掴んでしまえば、するりと吸い込まれるようなシフトチェンジがなんとも心地よい。有り体に言えば、クルマと対話する感覚が濃密なのである。

こういった乗り味の違いは、先に挙げたカレラ3.2の変遷で重要なポイントとなるふたつの進化が大きく関わっている。けれどそれとは別にもうひとつ、思いもよらぬ違いを見つけた。それはエンジン。触媒付きの日本仕様なのは一緒なのに、84年式の930/21型はなんとも元気がいい。あふれ出るような豊かなトルク感や絶対的なパワフルさは88年式に一歩譲るが、レブフィールの鋭さにいつの間にか笑みがこぼれてしまう。トルクの太さに頼ったずぼらな運転を許してくれなくてもいいから、このエンジンがほしいと心底思った。

こうして最初期型に触れてみると、カレラ3.2が年を追うごとに完成度を高めたことは紛れもない事実と納得する。だがその一方で、最終期のモデルにはない魅力をこの84年式に見いだせたことも本当だ。そして、さあどちらが好みかと問われても、簡単には答えが出せない自分がいる。尖っているからエラいとは思わないし、また洗練されているから魅力的だと説くつもりもない。要は911に何を求めるのかということなのだろう。ただ、はっきりとわかったのは、ビッグバンパーの911にもさまざまな顔があるということ。空冷ポルシェの世界は奥が深い……そう改めて感じた。

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