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<インプレッション>
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TMBが選りすぐった“名車”を運転してみて感じたこと

RENAULT CARAVELLE

エレガントなボディラインが魅力のオープンモデル「カラベル」。その優雅な佇まいは、現代のどのクルマを持ってきても、到底太刀打ちできない説得力がある。かつて一世を風靡たプロムナードカーとは、どのようなクルマなのか?

TEXT / 武田公実 PHOTO / 内藤敬仁
SPECIAL THANKS / コレツィオーネ(http://www.collezione.co.jp/

カロッツェリア・ギアが手掛けた
流麗なオープンモデル

もはや自動車業界においても口にする者はほとんど居なくなってしまったが、かつては“プロムナードカー”と呼ばれるジャンルが存在した。

例えばヨーロッパなら、南仏ニースの「プロムナード・デザングレ」がその名のとおりピッタリの舞台となるほか、映画「甘い生活」に登場するローマの「ヴェネト通り」。アメリカならLAビバリーヒルズの「ロデオドライブ」などのお洒落な通りを、街行く歩行者やほかのクルマに乗る人々の羨望のまなざしを意識しながら、ゆったりと流すためのパーソナルカー、という実にいけ好かなくも魅力的なクルマたちが、1950年代をピークに欧米各国で続々と作られていたのだ。

その多くは純粋な2シーター、ないしは2+2のオープンカー。華麗なボディスタイルを誇示しつつも、決してスポーツカーではない。アメリカ車で言うならば、フォード初代「サンダーバード」や“C1”こと初代「シボレー・コルベット」の初期モデル。ドイツならば「VWカルマン・ギア」や「メルセデス・ベンツ190SL」。そしてイタリアでは、「フィアット1100トラスフォルマービレ」あたりが相当するだろう。

それでは、“プロムナード=散歩道”という言葉の発生地となったフランスはと言えば、「シムカ・アロンド・オセアーヌ」、そして今回の主役である「ルノー・カラヴェル」とその前身、「フロリード」の名を挙げるのが適当だろう。

ルノー・フロリードは1958年のパリ・サロンにて、イタリアのカロッツェリア・ギアのコンセプトカーとしてデビュー。北米マーケットを見越したオープンボディを持つパーソナルカーで、ショーでの人気を反映して、翌1959年6月よりルノーの正式モデルとして生産されるかたちとなった。

フロリードを製作する際にお手本としたのは、西ドイツ(当時)のフォルクスワーゲンが、同じくギアとのコラボで、「タイプ1」をベースとして生産化していたカルマン・ギア。ルノーは同様の手法で、1956年にデビューした「ドーフィン・ゴルディーニ」をベースとし、845cc/40psの水冷直列4気筒エンジンを搭載。125km/hの最高速を標榜するが、それは60年前の常識においても、スポーツカーとは言い難いものだった。

一方、プロムナードカーとして最も重要な要素であるボディは、フィクスドヘッドのクーペとカブリオレ、そしてデタッチャブル・ハードトップ付きカブリオレからなる3タイプを設定。いずれも2+1座の3人乗りで、欧州市場では「フロリード」、北米市場では「カラヴェル」の名で発売された。

その後、1962年6月にはエンジンをルノー8系の956ccに拡大し、クーペ版のみ欧州でカラヴェルに改名。さらに、63年10月には4シーター化されるとともに、車名もカラヴェルに統一。また、のちに「R8マジョール」にも積まれる1108cc/47psユニットが先行搭載されるが、スペック上の最高速は135km/hに留まり、依然として大人しいものだった。

同時代のイタリアに生まれたプロムナードカー、フィアット1100トラスフォルマービレが、ピニンファリーナによって格段にスポーティに仕立てられた1200/1500Sカブリオレへと進化し、すっかりスポーツカー色を強めてしまったのに対し、ルノー・カラヴェルは本格派スポーツカーへの進化などには背を向け、68年の生産終了まで、あくまでプロムナードカーの本分をまっとうしようとしたかにも感じられるのである。

ルノー・フロリード/カラヴェルの象徴たる美しいボディデザインは、かの名スタイリスト、ピエトロ・フルアがカロッツェリア・ギアとの短い蜜月期間に手がけた傑作として知られる。しかしフルアとギア、そしてフロリード/カラヴェルの組み合わせは、当時のイタリア自動車デザイン界を揺るがすようなスキャンダルを巻き起こしたことでも知られている。

ピエトロ・フルアは、1944年に興した自らの工房をルイジ・セグレの率いるギア社に売却。自身はコンサルタントとして、ギアのデザインワークをギア名義で担当することになった。ところが、58年パリ・サロンにてフロリードの試作車が注目を浴びた際、ギアとフルアの母国イタリアを中心とする自動車メディアは、フルアに対してフロリードへの関与を尋ねたという。そこでフルアは、明言こそしなかったが否定もしなかったとされている。

そしてこのフルアの言動は、自身もデザイナーであるセグレの逆鱗に触れることになる。この一件を契機に二人は袂を分け、フルアは再び自身のデザインスタジオを創立するに至った。この両者の確執は、優れた経営者であると同時に、才能あるスタイリストだったはずのセグレが、より華やかなデザインセンスとともに、既に名声を確立していたフルアに嫉妬していたゆえのものだった、とも言われている。

しかし、セグレが嫉妬したのはフルアの才能だったのか? それともこのクルマそのものの美しさだったのか? それから4年後となる1963年に、わずか43歳の若さでセグレが夭折してしまったことから、真実を知ることは誰一人とて出来ないまま終わってしまったのだが、いずれにせよ盟友であったはずの2人の人生の歯車を狂わせたのが、ルノー・フロリード/カラヴェルであったことは、間違いない史実と言わねばなるまい。

その類まれな美しさゆえに、二人の才気あふれる男たちを仲違いさせてしまう結果を及ぼしたという史実は、まるで映画のストーリーのようにも感じられるが、実際にこのクルマのステアリングを委ねられて街を走らせていると、何やらヌーヴェルヴァーグ時代のフランス映画に迷い込んだような、甘美な錯覚に陥ってしまう。

同時代の人気女優、ジーン・セバーグを連想させる華奢なステアリングやノーズ越しに外界を見ながら、野太くも長閑なサウンドに耳を傾ける。正直に言えば、ハンドルやシフトの操作は少々手強いのだが、それでも映画のワンシーンの一部になったがごとき、夢の世界が体感できたのである。

リアエンドをテールフィンとするために、上にブレーキランプ、下にウインカーを配した縦長のリアランプを採用している。
リアフェンダー上部で、ウエストラインをほぼ直角に上へと向かわせる独特なデザインを採用している。
エンブレムに書かれた「RENAULT REGIE NATIONALE」とはルノー公団のこと。この時代はルノーが国営だったという証。
アイアンホイールにはセンターカバーが付く。ホワイトリボンタイヤは、リボンの部分が後付けのタイプ。
エンジンはドーフィン・ゴルディーニ用の直4 OHV 1108ccを流用して搭載している。
トグルスイッチ、メーター、レトロなラジオと時代を感じさせるシンプルなコクピット周り。独特なセンターデザインのステアリングが特徴的だ。
ローバックタイプのシートながら、身体をしっかりと支えてくれる。
ドアハンドルとウインドウレギュレーターにはメッキパーツを使用し高級感を演出している。
ベンチのような造りのリアシート。幌を折りたたんだ状態でもスペースは確保されているので、子供なら座ることが可能。

TOPICS

ドーフィン・ゴルディーニをベースにした優雅なクーペ

ルノーがVWカルマン・ギアの成功に触発されて開発したパーソナルカー。当初は北米フロリダのイメージから「フロリード」と命名されたが、メイン市場であるアメリカでは「カラヴェル」の名称で販売された。ボディデザインはイタリアのギア社。アセンブルは鉄道車両メーカーである一方、ルノー4CVのカスタムボディ製作なども手掛けたフリッソノー・エ・ロッツ社が担当した。シャシー/パワートレインなどのコンポーネンツは、すべてドーフィン・ゴルディーニをベースとするが、1962年にはエンジンを845ccからR8系の956ccに拡大される。さらに1963年には1108ccユニットが搭載され、車名も「カラヴェル」に統一。1968年まで生産された。

SPECIFICATION
RENAULT CARAVELLE
全長×全幅×全高:4260×1580×1340mm
ホイールベース:2270mm
トレッド(F/R):1260/1230mm
車両重量:772kg
エンジン:直列4気筒OHV

総排気量:1108cc
最高出力:47ps/5100r.p.m.
最大トルク:8.45kg-m/2500r.p.m.
サスペンション(F/R):ダブルウィッシュボーン/スイングアクスル
ブレーキ(F&R):ディスク
タイヤ(F&R):145/380

PROFILE/武田公実

イタリア、フランス、イギリスなど欧州のクラシックカーに造詣が深い自動車評論家。現在はイベントのMC や審査員を務めるなど、その活動は多岐にわたる。愛車はニューミニのクーパーS。