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クルマでしか味わえない素晴らしき旅の勧め・その2GRAND TOURING SPIRITS WITH AC ACECA

旅こそ愛車を理解する最良の手法ではないだろうか。すばらしき旅の勧め。一対一で距離を縮める、旧いクルマで旅に出る意味。旧いクルマでひとり、都会の雑踏を抜け出せばそれがささやかな旅の始まりだ。自分とクルマだけの濃密な時間。

TEXT / 吉田拓生 PHOTO / 田中秀宣
SPECIAL THANKS / ガレージイワサ(https://themotorbrothers.com/special-shop/12654

クルマでしか味わえない
素晴らしき旅の勧め・その2

はじめて体験するAC製の1991ccのストレート6エンジンは、有名なブリストル製のそれよりパワーの弾け方が微かにまろやかに感じられたが、それでも右足の動きに活き活きと応えてくれる。細身で大径のステアリングはウォーム&ペグのステアリングギアボックスと相まって直進付近に気だるさが付き纏うが、4速トップのギアレシオは絶妙であり、スピードの伸びはすこぶるいい。

やさしい光りが差し込む純英国的な仕立ての室内空間と伸びやかな加速感。ACアシーカは想像以上のスポーツ・ツアラーであり、クルマ旅を共にした場合でも一切ドライバーを飽きさせることがなさそうだ。

旅とひと口に言っても、そのスタイルや目的は様々だ。クルマ旅と言っても、レンタカーで行く旅とヒストリックカーで挑む旅では全く意味合いが違う。旧いクルマのそれは古の長距離レースのようでもあり、普段なかなか時間の取れないオーナーにとっての夢の実現でもある。それは幼き日に自転車が可能にしてくれた、あてのない冒険と似ている。

アシーカが有名なコブラのベースとなったACエースのフィクスドヘッド版であるように、英国にはオープンモデルと構造を共にするこの手のハッチバッククーペがいくつか存在する。そしてこれらはオープンモデルと比べるといくぶん躍動感が削がれるものの、対候性の高さやラゲッジスペースの容量といった実用面において実践派のヒストリックカー乗りたちに大いに受けている。

アストンマーティンDB2/4やMGAのフィクスドヘッドクーペ(fhc)、MGB-GTやジャガーEタイプ・クーペといった面々が有名である。さらに元々実用性の高さを狙ってルーフを備えていたはずの彼らの空力性能が明るみになると、コンペティションGTの多くがスペシャルルーフを備えたものへと変化していった。実用性に優れながら、しかしモーターレーシングのイメージにも繋がる。いつの時代も伸びやかなルーフを備えたフィクスドヘッドクーペ好きが一定数いるのは、そんな背景があってのことなのだと思う。

ACカーズは1901年に創業したイギリスでも最も古い部類に入る自動車メーカーだが、その製品群にポリシーや脈絡のようなものは実はない。彼の地に現れては消えたバックヤードビルダーたちがそうであったように、ACは時代の空気を読み取ってその時売れそうなものを作っていただけなのである。特にキャロル・シェルビーのコブラによって欲望に火が灯った後の彼らの作品群は特に一貫性を欠いていた。英国的上質さを追い求めながら、しかしアメリカンV8の発する暴力的なパワーの誘惑にも抗うことができなかったのだ。

そんなACの変遷の中でエース/アシーカが突然変異的に銘車の地位を手に入れた理由の大半は、ポルトガル出身のレーシング・エンジニアであるジョン・トジェイロの功績といえる。彼がエキュリー・エコッスのために作ったトジェイロEEクーペは、草創期のミッドシップ・レーシングカーの1台としてモータースポーツ史に名を残しているのである。

前衛的なエンジニアがACカーズのために設計したスポーツカーは、2本の太い丸断面の鋼管を主体とした頑強なペリメーターフレームに、前後独立の足まわりを備える。リーフスプリングをアッパーアームとしたダブルウィッシュボーンがそれである。高性能なシャシーの上にアルミ外皮の軽量なボディと贅沢なストレート6エンジンを搭載することで完成している。

古のフェラーリを範としているスタイリングの賛否はさておき、50年代初頭の自動車テクノロジーから勘案すれば前後独立サスペンションが示すドライバビリティは一級品であり、だからこそキャロル・シェルビーの眼にも留まることになったのである。

AC自製のストレート6エンジンはアイドリングの少し上で若干心許ないパワーの谷があるのだが、そこから上の回転域ではいわゆるマルチシリンダーならではのきめの細かさで乗り手を魅了する。4気筒エンジンが幅を利かせるようになって久しい昨今だが、ACアシーカで高速道路をクルーズしていると「4気筒エンジンでは高級車など作れない!」という確信めいた思いが宿り、いっぱしの直6信者としてリアのラゲッジスペースに籠るエグゾーストが心地よく思えてくる。

50年代のGTカーは、高速道路よりも微かにうねった田舎道を飛ばす方がはるかに愉しい。敢えて遠まわりをしてでも峠越えしながら目的地を目指していれば、いつしかスマホのナビも呆れて口出ししてこなくなる。

オープンモデルのACエースで体感する圧倒的な開放感に比べると、フィックスドヘッドクーペの室内は理性的だ。天地の低いウインドーが額縁のように緑の流れる森や、遠くに聳える雪山を絵画的に切り取ってくれる。

フロントにストレート6エンジンを搭載するヒストリックカーはタイトコーナーが苦手というのはこちらの勝手な思い込みなのだが、しかしそれは多くのクルマに当てはまる。だがACアシーカは数少ない例外だった。ただサスペンションやステアリング機構の抵抗感が介在することで、なかなかコーナリングを楽しむところまではいかないことが悔やまれた。

ロングノーズの前方に押しやられたタイヤは完全なフロントミッドシップを形成し、またドライバーのポジションはリアタイヤやデフの直前まで下げられ、トラクションの確保に余念がない。古びた英国のパブリックバーのような室内からは想像しにくいのだが、ACに向けたジョン・トジェイロの設計は、すこぶる純度の高いレーシーなものだった。

シンクロが眠いギアボックスはシフトチェンジの度に一拍以上の間を要求するし、草創期のディスクブレーキは上質なドラムブレーキのタッチに劣る。座面が微かにバケット状になったシートも、コーナリングの傾きの前にはほぼ無力。針の振動が大きな計器類はどこまで信用していいかもわからない。それでもなお、ACアシーカの本質はレーシングカーであり、今日でもロングの旅を快適にこなすことのできるグランドツアラーなのである。

ヒストリックカーのオーナーで雨の日のドライブが好きな人に会ったことはない。愛車の下回りが泥だらけになるのだって嫌に違いない。だがそれでも、旅の途中に悪天候に出くわせば、ただただ耐えるしかない。そして再び太陽が顔を見せた時、道路っ端で泥だらけになった逞しい愛車を見るのが、ボクは好きと来ている。これはおかしな感覚だろうか? 長旅を経たグランドツアラーのボディに艶がある方がよほど滑稽だし説得力がないと思ってしまう。

今回ACアシーカを借り出して敢行した小さな旅の最中、雨には降られなかったのだが、もし漆黒のボディに水滴が散れば、よりいっそう野性味を帯びた表情を見ることができただろう。それこそ、ACアシーカというクルマのあるべき姿だと思う。

ヒストリックカーラリーに参加するのは、愛車で旅に出かける格好のモチベーションとなるに違いない。そして仲間と旧交を温めあう楽しみも理解できる。だがそのためだけにヒストリックカーを連れ出すのは少し寂しい気がする。愛車と一対一で真剣に向き合うひとり旅こそ、太古の機械とオーナードライバーの距離を縮めてくれる最適な手段なのだから。綿密な計画などいらない。夜明けとともに雑踏を抜け出せればそれでいいのである。

大きく開く特徴的なリアのハッチの下には必要にして充分なラゲッジスペースが確保されている。シートの後方にスペースはないのでリクライニングはできないが、足元を含めコックピットスペースはゆったりとしている。インパネは全面にウッドパネルが奢られており、上品な佇まいを見せるが、内包された骨格はストイックなレーシングカーのそれである。
1901年創業、1970年代の後半までテームズ・ディットンの地でクルマ作りを続けてきたACカーズ。ACエースは1953年、ACアシーカはその翌年にデビューし1963年まで生産が続けられた。エンジンは当初AC製の2リッターストレート6のみだったが、後にハイパワーなブリストル製ユニットが選べるようになり、1961年以降は2.6リッターのフォード製エンジンを積んだ個体もあった。AC製エンジンのアルミ製のヘッドカバーにはブリーザータンクも仕込まれていた。

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