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COLUMN

ヒストリックの称号を得たNAロードスターマツダ"NA"ロードスター名車宣言!その1

初代NAロードスター。バブル末期となる1989年、マツダが"人馬一体"を追求し、日本車のゴールデンエイジとも言える時期に投入したFRオープン2シーター。そんなNAロードスターのレストアサービスをマツダ自身の手によりスタートしたことで、いよいよその文化伝承をファンとメーカーが一体になって始めた。それはつまり、いよいよNAロードスターが真の名車として認められる時期がやってきたことを意味する。

TEXT / 吉田拓生 PHOTO / 田中秀宣
SPECIAL THANKS / マツダ(https://www.mazda.co.jp

ヒストリックの称号を得たNAロードスター

“ヒストリックカー”の資格は単に古くなったクルマに与えられるものではない。多くの人に愛され続けた結果として、自然とそう呼ばれるようになるものだ。これまでカー・マガジン誌上ではあまり光を当ててこなかった1台ではあるが、しかし誕生から30年もの年月が経ったマツダの初代NA型ロードスターの評価は、確定している。我が国を代表する新たな”ヒストリックカー”と箱根で真正面から向き合ってみた。

「オレのロードスターさ、そのへんひとまわり、乗ってこい」

秋田に住んでいる叔父は、僕が訪ねると決まってこう言った。叔父のNAロードスターは、当時市内でただ1台だけ登録されているオープンカーだったというから、自慢したい気持ちもわからなくはない。けれど20代半ばのボクにとって、ロードスターは全くと言っていいほど食指の動かない1台だった。

流行りに背を向けるというのは”通”を気取った人間の常套だし、当時のボクは年に1度プレス対抗のロードスターレースに出場するだけでNAロードスターというクルマを乗り尽くした気になっていた。今なお古い洋モノばかり溺愛しているボクにはつまり、ちゃんとしたNAロードスター経験がなかったのだ。

記憶しているNAロードスターは、事あるごとにセンタートンネルまわりのフロアがブルッと震えるクルマ。ロールケージが入ったレースカーでそれだったから、まあノーマルも推して知るべし、と思い込んでいた。今になってみると当時のボクは、古いクルマの情緒的な面を愛しながら、現代車のステアリングを握ると見えない数値のようなものを追いかけ、欠点ばかりを探していたのである。

4代目NDロードスターを街中で見かけることが珍しくなくなった昨今、箱根のワインディングで初代ロードスターの広報車のステアリングを握ることになるとは思ってもいなかった。プレスに貸し出される広報車が用意されているのは、一般的には発売中のモデルに限られる。だがマツダには現在NAだけでなく、NB、NCに至るまで、ロードスターの広報車が用意されている。聞けば、開発の現場には人馬一体のフィーリングをエンジニアたちが共有するため完璧に整備された歴代の”マスターカー”も存在するという。創業以来少しずつ足しながら使い続けている秘伝のタレ? とでも言うべきか。ともあれオープンスポーツカーの代名詞であるロードスターというクルマが、マツダにとって特別な存在であることは確かなようだ。

適度に使い込まれたグリーンの広報車はやはり、クラッチミートの瞬間や段差を乗り越えた時などに、センタートンネルまわりのフロアがブルっと震えた。だがそんな細かいことがどうでもよいと思えるくらい、NAロードスターは活き活きとして、乗り手を楽しませるクルマだった。イギリスのライトウェイトスポーツカーに触れることが多いので、1tそこそこという車重に”ライトウェイト”という印象を抱き難いのだけれど、NAロードスターの走りは軽快という以外の表現が見当たらない。

細身のナルディが掌に伝えるフィーリングは感度が高く、一方サスペンションはスポーツカーというイメージから考えるとはるかに柔らかくてよく動く。新たに復刻されたブリヂストンSF-325のタイヤは、性能を上げ過ぎていない控えめな性格で、足まわりとの協業によって狙ったラインをやさしくトレースできる。ダメなクルマは例外なくタイヤのグリップ感が前面に押し出されており、タイヤのライフに比例して鮮度が落ちていく。ロードスターはおそらく、ノーメンテで酷くヤレていても一定の楽しさを失わない、そんなクルマに違いない。

NAロードスターの角の取れたドライブフィールは、ライトウェイトスポーツカーというものに過大な期待を描いている人にとって物足りなく映ったのかもしれない。塩胡椒の味はわかっても天然出汁の味を理解していなかったような20年前のボクも、まさにそう感じたのである。とはいえNAロードスターの足まわりのフィーリングには、これ以上何の調味料も足し引きできない三ツ星フレンチのような緊張感はないから、チューニング派の人には格好のベース車両として受け入れられたのだと思う。今のボクならいじらない。でも昔ならひととおり手を入れて楽しんだに違いない。 

1.6リッターのツインカムエンジンはよく言えば高回転型で、箱根の山道では4000回転以上を保つことでシャシー性能を引き出せるようになる。過給エンジンが多いことも関係しているのだろうけれど、最近のクルマはレブリミット近辺ですでにパワーが死にかけていたり、逆にさらに鋭く吹け上がったりして、おおよそフレンドリーではないことが多い。その点、ロードスターの7000ちょっとのレブリミットあたりは、シャシーが最大限に覚醒するのだが、扱いやすさは保たれている。だから自然な感覚で高回転域を使えるし、そうすれば5速マニュアルでも全くパワーバンドは外さない。

現代のクルマよりエンジンブレーキの抵抗感も強く、ターンインのフロント荷重の掛け方にも選択肢があるので、次のコーナーの曲率にいつも以上に関心が湧いた点も面白い。今回”久しぶりにちゃんと箱根を攻めたぞ!”という気になれたのは、NAロードスターというクルマの素性のおかげなのである。

バブルの頃の国産スポーツカーの20数年後の姿に良いイメージがなかったので、今回NAロードスターに試乗する前は少しだけ不安があった。何年か前にR32日産スカイラインGT- Rをドライブさせてもらった時、あまりの手応えのなさにがっかりさせられたからだ。その時は現代のR35GT-Rとの比較だったのでより強く経年劣化が感じられたのだと思うが、やはり数値的な性能を追い求めたクルマの感覚は、簡単に上書きされ陳腐化してしまう。記録より記憶。後世に名を残すのは王貞治の756本の本塁打より、しつこいくらいにヘルメットが落ちる長嶋茂雄の華麗なプレーなのだ。

名車の評価は年数を経る必要があるが、四半世紀が過ぎたNAロードスターの評価は揺るがない。今なお世界中のオーナーから愛されている小さなオープンスポーツカーは日本が誇る名車であり、この先永遠に親しまれ続けるという意味において、まさに”ヒストリックカー”という称号が相応しいのである。 

自国発のムーブメントだったために敢えて背を向けていたというクルマ好きもいるはずだし、本誌のスタンスにも似たようなところがあったことは否めない。だがヒストリックとして認められたNAロードスターと、正面から向き合う時代はもう既に始まっているのだ。

技術が刷新された現代のハイテクスポーツカーと比べると、ロードスターは1960年代のクルマに電子制御がプラスされた程度のプリミティブさで纏められている。限りなくシンプルだからこそ時間の経過に左右されない楽しさが続く。樹脂が多用されたインテリアも古いというよりは懐かしいイメージを帯びている。

性能的に突出した部分がない点も、NAロードスターのエバーグリーンなイメージに直結している。こちらの復刻されたブリヂストンSF-325は金型やデータも残っていなかったが、当時を知るマツダとブリヂストンのエンジニアが感覚を頼りにして再構築したものだという。

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