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自動車技術&文化史探訪

後席優先に特化した乗用車たちVIP CARS─過度に目立たぬことも、またその要件?

VIPカーの頂点に立つモデルがリムジンだろう。かつてトランプ大統領が来日したときには、キャデラック・プレジデンシャル・リムジンを持参してきた。だが、今や、日本でリムジンといえば、異常なほどホールベースを延長した、"エンターテインメント系"ともいえるクルマを想い浮かべるのが一般的になっているようだ。今回はVIPカーの世界を覗いてみることにした。

TEXT / 伊東和彦
リムジンを定義する

まず、この話の中にしばしば登場するVIP用リムジンという車種を、改めて定義づけておきたい。ひと言でいえば、運転手(ショファー)が使うことを前提とした後席優先に特化した乗用車、といえようか。だが、単なる高級サルーンと異なるのは、その要件を満たすために、後席の快適性を向上させるため、あらゆる工夫を凝らしていること。たとえばホイールベースを長めに設定するなどだ。ベースとなった量産車があればWBを延長し、後席と前席の間に仕切り(パーティション)や補助席を持つものが、かつては一般的だった。また、シートは運転席が革張りで、後席はファブリックになる。だが、高度に専門化された車種であり、注文生産の範疇にあるので、パーティションや、前席と後席の間に置かれる補助席の有無など、オーナーの要望で様々な仕様がある。

とりわけ特異な存在なのが、大統領や皇族、元首などが使用するリムジンで、古くは伝統的なリムジンの様式に沿っていたが、ある時期からテロ行為などの安全対策を優先するようになった。とかくその移動中が標的になることが多いからだ。古くは、第一次大戦の引き金となったセルヴィアの皇太子狙撃事件も、オープンカーの車上にあった時に狙われている。近年では、1963年11月にケネディ大統領が狙撃によって暗殺されたが、その時に乗っていたプレジデンシャル・リムジンは、パレードのためにオープンルーフとなっていた。これ以降、防弾ガラス製のキャビンで覆われるようになった。その極めつけが、あらゆる外部からの攻撃を想定し、防御機構を織り込んだアメリカ大統領専用車に違いない。

現在では、原則的にクローズドボディ(インクローズド・リムジン)が一般的だが、ヴィンテージ期には、馬車時代の御者席からの伝統に倣って、運転席だけがオープンのブロアム(Brougham)というスタイルが存在した。このほか、後席部分のルーフとそのサイド部分(クォーターガラス)がオープンになるランドー(Landaulet)、英語圏では”Landau”と呼ばれるスタイルが存在する。後席の賓客に開放感を味わってもらうだけでなく、パレードの車列では後席のVIPが沿道の人々によく見えるようにとの配慮もあるが、一方で、前述したように重要人物にとっては危険を伴うことも事実である。

ランドーでは、その幌の外側に開閉を助ける『ランドージョイント』と呼ばれる” 支え金具” を備えることがある。現代では、ブロアムもランドーも実際のボディ形態からは、ほぼ消え去っているものの、名称だけは高級モデルの呼称として使われている(かつて日産のセドリックに存在した)ほか、ランドージョイントも高級サルーンやリムジンの装飾品として使われている。

センチュリーの存在と日本のVIPカー事情

伝統的なリムジンではないが、路上では身近(?)なトヨタ・センチュリーから稿を勧めよう。現在、わが国の、VIPカー、フォーマルカーの頂点にあるのがセンチュリーであることに異論はないだろう。日本にはビジネスやハイヤーなどでリムジンを使うという社会的環境はなく、駐車場や道路などが巨大なリムジン向きではないことから、後席優先に設えられたサルーンが使われてきた。

このマーケットに向けて、かつては日産にはプレジデントがあり、三菱自動車にはプラウディアとディグニティ(初代)があった。なかでも1999年12月に発表されたディグニティは、FWDサルーンのプラウディアをベースにホイールベースを延長したリムジン仕様で、ベースモデルより太くなったセンターピラーが特徴で、オフィス街では堂々とした風貌であった(ユーザーのほとんどが三菱系企業だったという)。

だが、現在ではそうした市場は縮小してしまったようで、現在ではセンチュリーだけとなっている。レクサスLSでも日産フーガでもフォーマルカーとしての品格は充分に備えているが、国家機関や法人を含めた顧客層はトヨタの最高峰に立つ、”別格の”センチュリーを積極的に選んでいるのが現状だろう。

2017年の東京モーターショーで公開された現行のセンチュリーは、三世代目に当たる。初代(VG20系)が誕生したのは1967年11月のことだが、それまで、この市場はクラウン・エイトが担っていた。このあたりが日本のVIPカーの起点でもあるので、簡単に振り返っておきたい。クラウン・エイトが誕生したのは1964年のことだ。外観を見てもわかるように、2世代目(S40系)クラウンをベースにした3ナンバーの大型乗用車だ。この時代には、法人所有車とハイヤーはアメリカ車の独占状態で、そこにメルセデスを筆頭にした欧州車が徐々に食い込みつつある状況だった。クラウン・エイトは標準型クラウンのホイールベースを2740mm(+50)、全長を120mm延ばして4720mmに、前後トレッドも160mm拡大している。もともとS40系クラウンはアメリカを思わせる伸びやかなスタイリングであったから、拡幅されたことで、バランスは崩れたように思えるものの、『エイト』の米車感はいっそう高まった。”エイト”の名称の由来は、アルミ合金製の2599ccV型8気筒を搭載したからで、これが日本車として初めてのV型エンジン搭載例となった。

クラウン・エイトが発売されたのは1964年の春だが、同年の秋には東京オリンピック開催が迫り、建築ラッシュのほか、新幹線や首都高速の建設が進むといった、経済が右肩上がりの時期であった。”国産”高級サルーンの需要も高まり、1963年2月には日産セドリック・スペシャル(直列6気筒2825cc)が登場し、センチュリーとほぼ同時期にプリンス・グランド・グロリア(直列6気筒2494cc)が発売されている。また、1965年10月には、セドリック・スペシャルの後継モデルとして、プレジデントが登場した。エンジンはV型8気筒OHV、3988ccと直列6気筒2974ccの2種類が選択できた。前者の4リッターはこの時点で日本の乗用車としては最大排気量であり、スタイリングは米国車そのものであった。

話を初代センチュリー(VG20系)に戻すと、それは新開発のアルミ製ブロックとアルミヘッドを持つ、V型8気筒OHV、2981ccユニットを搭載していた。その車名は豊田佐吉翁生誕100年と明治100年を記念したもので、エンブレムには宇治平等院の鳳凰を用いた。簡単に足跡を辿ると、それは排ガス規制が強化されていく時期と重なる。1973年4月には、排出ガス規制対策のために3400ccに排気量を拡大。1982年10月には、登場以来で最も大きな改良を実施し、スタイリングを大きく変更したほか、排気量を4000ccに改めた。1989年10月にはWBを延長したセンチュリー・リムジンを、さらに’90年9月にはロングボディのLタイプを追加している。

1997年4月にデビューした2世代目のセンチュリー(GZG50系)では、V型12気筒DOHC48バルブVVT-iの4996ccを搭載した。これは日本の市販乗用車では初めての12気筒の採用だった。このV12ユニットの大きな特徴のひとつが、万一の場合にも片側6気筒で運転を可能にしていることだった。これなど、いかにもVIPカーらしい配慮といえるだろう。このほか、2003年1月には、天然ガス(CNG)を燃料にした仕様を発売しているが、これも公用車として使用されることが多いセンチュリーらしい特徴だ。

2017年秋の東京モーターショーでセンチュリーは3世代目に進化した。スタイリングはこれまでのセンチュリーが辿ってきたイメージを踏襲したクラシカルなものだが、機構的には、環境性能を高めるため、V型8気筒5000ccのガソリンエンジンを備えたハイブリッドシステムを新搭載した。また、さらに、後席の居住性を向上させるため、ホイールベースを延長したほか、トレッドの拡大、スカッフプレートとフロアの低段差化など乗降性を向上させている。

御料車としてのリムジン

量販車をベースにホイールベースを延長するなどの改造を手掛ける専門会社が、リムジン製作を行う例は海外では少なくないようだ。現在、日本で見かけるリムジンはそうした成り立ちを持つものだ。

ここではメーカーが自ら手掛けたものの中から、いくつか紹介して行きたいと思う。日本初の本格的なリムジンといえば、1967年に日産が製作した日産プリンス・ロイヤル(S390 P-1型)で、初めての純日本製の御料車として、『自動車の最高峰を国産車で』を合い言葉にして誕生した。プリンス自動車が受注したが、開発途中で日産と合併したことで、この名称を冠することになった。専用設計のV型8気筒6373ccにGM製ATを組み合わせた。全長は6155mmにも達する。御料車のほかに外務省にも納入された。

センチュリーにリムジン仕様が加わったことは前述したが、これと別にトヨタは老朽化した日産プリンス・ロイヤルに代わる御料車として、センチュリー・ロイヤルを製作している。ベースは2世代目モデルで、V12エンジンを搭載した。V12を搭載したリムジンは世界的にもめずらしい存在だった。2006年7月から宮内庁に4台を順次納入したと言われている。スタイリングはセンチュリーのイメージを踏襲し、全長が6155mm、全幅が2050mm、全高1780mmと、車列の中では小山のように大きく見える。伝統的なインクローズド・リムジンで、パーティションと補助シートを備える。日産プリンス・ロイヤルと同様に、センチュリー・ロイヤルも、一般への販売は行われない。現在、日本車のリムジンを求めようとすれば、市販車をベースに専門会社が改造したものを選ぶしか選択肢はない。

世界中で最もリムジンが活躍しているのはアメリカかもしれない。次が英国だろうか。欧米では、大統領や王族のかたがたの移動手段として欠かせない存在であるばかりか、ハイヤーなどの用途にもリムジンが活躍している。さすがに現在では、アメリカでもメーカーがリムジンを量産することはなくなったが、専門メーカーによって、様々な用途に応じたリムジンの製作を手掛けている。ここからは、写真を多用することで、リムジンの世界を覗いてみよう。

世界の国家元首や王侯貴族のための特別な乗り物

現在、アメリカ大統領が使うキャデラック・プレジデンシャル・リムジン。アメリカ大統領は訪問国の用意したクルマには乗らない。訪日の際にも持ち込まれた。極太のピラー類、分厚い防弾ガラスなどなど、いわばリムジンの形をした装甲車だ。GMからは資料が公開されていない。(GM Archives)

日産プリンス・ロイヤル。ロールス・ロイス・ファンタムに替わって、御料車に採用された。(日産自動車)

トヨタが御料車として特別に製作したセンチュリー・ロイヤル。スタイリングは生産型のイメージを踏襲するが、サイズは遙かに大きい。(トヨタ自動車)

1963年2月には日産セドリック・スペシャル、1964年春には、このクラウン・エイトがデビューした。(トヨタ自動車)

初代センチュリー。現代の三世代目までこのスタイリングのテイストは引き継がれている。真のVIPカーの条件は、街で過度に目立たないことだという。(トヨタ自動車)

トヨタ・センチュリー・リムジン。社外の改造専門会社もリムジン仕様を手掛けたが、これはトヨタが自ら用意したモデル。(トヨタ自動車)

日産プレジデント。センチュリーより約2年前の1965年10月に登場。公用車のほかハイヤーにも使われ、台数ではセンチュリーに勝る。(日産自動車)

三菱ディグニティ。プラウディアのホイールベースを延長したリムジン仕様車だ。2001年春の登場から1年間に59台が生産されたにすぎない。(三菱自動車)

リンカーン・コンティネンタル・プレジデンシャル X-100。アメリカ大統領の専用車として製作された。用途に応じて、ルーフの交換が可能だった。ケネディ大統領はこのフルオープン仕様に乗っている時に兇弾に倒れた。(Ford Motor)

1969年リンカーン・プレジデンシャル・リムジン。対テロ攻撃を考慮したのだろう、完全なクローズドボディとなっている。(Ford Motor)

それまでの英国御料車は長くロールス・ロイスであった。これはファンタムⅥをベースにしたモデル。RR以前は、御料車といえば長らくディムラーだった。(BMW/Rolls Royce)

英国ではロールス・ロイスのリムジンが代表格だが、ディムラーは傘下に入る前には英国きっての高級車メーカーだった。これはディムラーがジャガー傘下に入ってから生産したリムジン。VIPだけでなく、ハイヤーとしても使われた成功作。(Daimler)

英国、エリザベス女王の現在の御料車。英国自動車工業会の依頼で、ベントレーが製作した。(Bentley Motors)

言わずと知れた(?)メルセデス・メルセデス・ベンツ600プルマンリムジン。れっきとしたカタログモデルで、アウトバーンを高速で移動できるスタミナを備えた超特急だ。(Daimler)

ダイムラーが高級車ブランドとして復活させたマイバッハは、そのサイズと存在感から他を圧倒する存在だった。これは派生モデルとして登場したランドー仕様。(Daimler)

フランスのVIPカーからは、ドゴール大統領時代のパレード用を選んでみた。ベースはトラクシオン・アヴァン15/6。ボディはアンリ・シャプロン製。(Citroën)

こちらは同じシトロエンでもDSをベースにしたプレスティージュ(Citroën)

イタリアからはランチア・フラミニアをベースにピニンファリーナが製作した“335”を選んでみた。ガラスエリアが広い。(Lancia/Pininfarina)

ロシア製のリムジンからは、ジル4104シリーズ。7.7リッターのV8エンジンを搭載している。WBには長短あり、長い方の標準型では3880mmに達する。

中国の紅旗リムジン。これは1960年代後期のモデル、CA770と思われる。手を上げてパレードするのは故鄧小平主席。