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EVENT REPORT

本気のレースとピクニックの競演DIJON GRAND PRIX DE L'AGE D'OR

2017年6月9~11日の3日間、フランス東部に位置するディジョン・プレノワ・サーキットにて開催された『グランプリ・ドゥ・ラージュ・ドール』。以前はパリ近郊でバンクを備えたオーバル・コースとして知られるモンレリーで開かれていたが、2014年からはピーター・オートの主催となり、FIAホモロゲーションを新たに取得したここディジョンで、本気のヒストリック・カー・レースの祭典として新たな展開を見せている。

TEXT&PHOTO / 南陽一浩

本気のレースとピクニックの競演

ここTHE MOTOR BROTHERSの読者ならすでにル・マン・クラシックやシャンティイのコンクール・デレガンスのことはご存知だろう。その主催者であるピーター・オートの新しいヒストリック・イベントとして、ディジョンが盛り上がっているという噂を聞きつけ、今回ようやく足を運ぶことができた。『グランプリ・ドゥ・ラージュ・ドール』(以下、GPAO)とは、そのまま“黄金時代のグランプリ”を意味する。2017年は6月2週目の金曜から週末にかけて行われた。

GPAOが“新しい”とはいっても、それは多分にカギカッコつきの話ではある。何せ取材に訪れた2017年時点で、すでに第53回目の開催という由緒あるイベントだ。その昔、フランスでル・マン24時間、F1のフランスGPと並んで、年間でもっとも観客動員数の多い3大自動車イベントのひとつに数えられていたほどである。

というのも、フランスGPがルーアンで行われていた頃に『ラージュ・ドール杯』として始まったこのイベントは、フランスGP併催イベントとしてGPAOに改名された後、80年代からはパリ近郊、モンレリー・サーキットで行われてきた。ところがモンレリーのサーキットは、その構造的な旧さと施設の老朽化から2004年の80周年を機にサーキットとしてはクローズ。あくまでGPAOは“競技”であり、セキュリティの確保できないサーキットで“パレード”にすべきではないという判断によって、フランスGPゆかりの地であるディジョン・プレノワ・サーキットに移って来た。

そしてこれまた歴史あるイベントならではの不思議な縁で、80年代にモンレリーへGPAOを移したピーター・オートが、前オーガナイザーから3年前に開催権を引き継ぎ、再びGPAOを主催することになったのだ。60sエンデュランスなど他のピーター・オートのイベントに織り込まれているヒストリック・チャンピオンシップ・シリーズはもちろん、ヒストリックGPカー・アソシエーションやヒストリックF2、グループCに至るまで、かれこれ9つのカテゴリーが3日間、ディジョンのコース上をプラクティスから決勝までスキ間なく走り回るという、ボリューム的にも見ごたえ的にもたっぷりのイベントだ。

というのも、マトラやティレルで一時代を築いたフランス人F1ドライバー、故ジャン・ピエール・ベルトワーズが構想に携わった、ディジョン・プレノワのレイアウトは、欧州でも指折りのテクニカルな高速コースだ。ブルゴーニュ地方特有の、なだらかな丘と、その間に横たわる谷を滑らかに繋ぐように配されたコースは、Gを残しながら入口で切り替えさなくてはならないS字や下り坂にかかるブレーキング・ポイント、すりばち状のエイペックスからキツい勾配の立ち上がりなど、いわゆる”ドッカン”のサーキットではない攻め甲斐、難しさがある。これが好評を呼んで、エントラントの側から盛況なのだ。

確かに、今や13万人を超える観客動員数を誇るル・マン・クラシックやグッドウッドのフェスティバル・オブ・スピード、リバイバル双方が“国際的な”知名度を誇るビッグ・イベントであることを思えば、金曜から日曜まで観客は1万3000人ほどのディジョンは“ローカル”に過ぎないかもしれない。しかし巨大になり過ぎたこれらのイベントを控えて、最高速と大減速を強いるル・マンよりも、ディジョンのような“小味の効いた”サーキットを好むヒストリック・カー・オーナーも少なくないのが、ここ最近の傾向だ。

現に、以前はル・マン・クラシックでガスタービン車、1968年式ホーメットTXのシャシー#2を走らせていたオーナーは、一度はそのクルマを手放したものの、4台目のシャシーを入手し直した挙句、パドックやコース・レイアウトの上で、ル・マン・クラシックより負担の少ないディジョンで楽しんでいるという例もあった。ブルゴーニュの州都にしてスイスやドイツ、ベルギーにも近いディジョンはある意味、地元密着型の、あるべき姿で盛り上がっているのだ。

ちなみにこの週末のサプライズ・ゲストは、何と、ルネ・アルヌーだった。1979年のフランスGPはここディジョンで行われ、ジャン・ピエール・ジャブイーユの手でルノーRS01が唯一の優勝を記録した。が、その勝利よりもいまだ観客の目に焼きついているのは、ジル・ヴィルヌーヴとアルヌーが繰り広げた伝説の2位争いバトルだ。アルヌーはこの週末、シェルビー・コブラ289とBMWのM1プロカー仕様のステアリングを握り、久々にディジョンのコースを堪能したとコメントしていた。

さらにもうひとつ、GPAOの伝統といえば、クラブ・スペースとピクニックだ。さすが各国の国境が近いだけに、BMWのクラブだけでもE21からE31の8シリーズという風に、その細かなグループの分かれ具合が凄い。モンディアルTカブリオレとディーノ308GT4だとか、190E 2.5-16 Evo2とルノー・サンク・ターボ2とか、マツダ323(ファミリア・セダン)と初代ロードスターとか、隣り合って並んでいるクルマ同士も、不思議な共通項で唸らされる。まるで友人はクルマの趣味のよさで選んでいると、いわんばかりの組み合わせだった。そうしたエンスージァスト的な文化度の高さだけでなく、観客席には小さな子供の手を引いた親子連れから大きな犬を伴った初老の婦人まで、地方イベントとはいえモータースポーツに対する観客の成熟度も自然と感じられる。

ヒストリック・カーとサーキットで過ごす、あるいはそれを眺めて過ごすという、シンプルな楽しみの代え難さを実感できるイベントだ。

ブルゴーニュのなだらかなアップダウンに潜む
欧州屈指の高速テクニカル・コースを攻める快楽

こちらは当初のザルツブルク・カラーの後、マルティニの仕着せをまとった1970年式ポルシェ917だ。

マセラティの1933〜35年のGPマシン、8CM。

ヒュイーンという、ヘリ用タービン独特の排気音と、巨大な陽炎を背負うようにして走り去る1968年式ホーメットTX。ジュラルミンとビス止めのボディワークやエアポッド周辺の空力デバイスを含め、航空機のノウハウをもっともレーシングカーに近づけた時代の産物だ。

3日間とも真夏並みの陽射しに恵まれ、逃げ水と陽炎が立ったメインストレートでスリップストリームを演じる1985年式ポルシェ962と、1989年式ザウバー・メルセデスC11。

1960年式ポルシェRSK718スパイダーは『ナストラ・ロッソ』カテゴリーに出走したマシン。

1981年式フェラーリ512BB LMは『クラシック・エンデュランス』クラスの出場者。イベントにはあらゆる時代のスポーツカーやGTが揃った。

概して赤の印象が強いイタリアン・スポーツやGTの中で、異彩を放っていたオリーブ・グリーンの1964年式アルファロメオ・ジュリアTZ。トップ3には周回遅れとしてラップされたものの、1570ccの小兵ながらフェラーリ275GTBやビッザリーニ5300GTといった大排気量車に伍してフィニッシュしていた。

マセラティのバードケージの初期モデル、1960年式T60。S字コーナーでの、軽量を利した鋭い切り替えしが印象的。

ナストロ・ロッソ・クラスの参加マシーンたち。1964年式フェラーリ250LMと1961年式250GTベルリネッタ。1971年式コルベットC3をラップする1970年式シェヴロンB19。V8とフォードFVC1.8Lのバトルはスポーツプロトの機敏さに加え、加速態勢に移るC3のアクションが見物だった。
ピーター・オートのサーキット・イベントにおけるプラトー(クラス)は、1973年以前とかイベントの終焉年といった年式は二次的な定義に過ぎず、まずはプロトタイプとハコ、ハコはさらにスポーツカーとGT、さらにフォーミュラやGPマシーンならばFRとそれ以降のミッドシップ中心の世代、という風に分かれている。上の3つのカテゴリーは当然、ル・マンに出走したモデルもあってル・マン・クラシックにも“エリジブル(参加資格がある)”のだ。

ファットなタイヤを履き、26R風にカフェレーサー・モディファイされたロータス・エラン。

コースを土手状に囲む観客席から一段下がったところ、芝生エリアがあてがわれたクラブ・スペースはピクニック好適地。SE5からSE6世代の70年代のリライアント・シミターや写真奥に見えるフォード・カプリは今も欧州で大事にされている。

こちらはロータスのクラブ・スペースで、わざわざ集ってくれるクラブのために主催者は専用の看板を用意して迎える。

ルノー勢は決して多くないものの、このフロリダやR8ゴルディーニのようなRR時代のクルマが目立つ。

無造作に置かれた2台に、実はロジックがあるところがクラブ・スペースの面白さ。上はシトロエンDSカブリオレ・アンリ・シャプロンと、戦前のCタイプ・トルペード。

初代マスタングとアストンマーティンV8ヴォランテは並ぶとなるほど、異母兄弟のような佇まいだ。

V4レイアウトという特異なパワーユニットを搭載するランチア・フルヴィアが3台。クーペとザガートによるファストバック・ボディの組み合わせで、これまた懐かしいオレンジとスカイブルーで並ぶ。地方ではラリーカーの人気はことさら高く、サーキット・イベントでも普段から大事にされている個体が数多く集まってくるのだ。

パドックに出店していたミニカー屋さん。ダイキャスト・モデル中心だが車種の品揃えは60年代スポーツから70年代のスポーツプロトまで、イベントにきちんとミートしている。

定番のステッカーなどを扱うショップの他、ツイードやリネンのキャップなどクラシックな帽子を扱うショップも人気だった。

クラシカルなモーター系アパレル・ショップが充実しているのも、彼の地のイベントの美点。

ポンプ類やクラッチなどマイナートラブルが起きがちなパーツをわんさと積んでパドックで店を開いていたトラック。

老夫婦から乳母車を押す若いカップルまで、思い思いにイベントを楽しむ彼の地のヒストリックカー・イベントの奥深さ。