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COLUMN

現行ボルボで訪ねる温故知新の旅VOLVO MUSEUM & VOLVO XC40

近年、日本のマーケットでも好調のボルボ。そのルーツを知るべく、スウェーデン現地のボルボ・ミュージアムにXC40を駆って訪れた。

TEXT&PHOTO / 森口将之

現行ボルボで訪ねる温故知新の旅

日本カー・オブ・ザ・イヤーをボルボが2年連続で受賞したこともあり、ここへきてボルボへの関心が再び盛り上がってきていると感じる。でもボルボはいつ生まれ、どんな道のりを辿って現在に至ったのか、知っている人はあまり多くないように見受けられる。

筆者は以前、当時最新作だったXC40の国際試乗会に参加し、その後スウェーデン、ヨーテボリにあるボルボ・ミュージアムを見学する機会に恵まれた。この空間を紹介しながら系譜を振り返りたい。

ボルボは1926年、グスタフ・ラーソンとアッサール・ガブリエルソンの2人が共同で設立した。2人は同じスウェーデンのベアリング製造会社SKFに勤めていたが、SKFは当時から他国の自動車用にベアリングを供給しており、それなら自分たちでクルマを作ろうと思い立ったという。

なおラテン語で”私は回る”という意味のボルボという車名は、SKFの商品名から取ったものだという。

同じ部屋には第1号車で2リッター直列4気筒エンジンを積むオープンボディのÖV4、これをセダン化したPV4とともに、トラックやバスも置かれていた。当初は乗用車だけでは経営が難しかったことからトラックやバスにも進出したそうだ。

ちなみにトラック部門は1999年を境に別会社になっているが、ミュージアムは両社が共同で運営しているようで、バスや軍用車、船舶用エンジンを含めた広大な展示スペースも有している。

次の部屋には1931年に登場した初の直列6気筒搭載車651、流線型のボディをまとった1935年PV36ストリームラインなど、比較的大柄な車種が置かれていた。しかし間もなく第2次世界大戦が勃発。ボルボも軍需生産に従事せざるを得なくなる。

そんな中、ボルボは戦後を見据えて小型車の開発を進めていく。この時期の欧州メーカーによく見られた動きだ。その結果1944年に発表されたのが、ボルボ初のモノコックボディに1.4リッターという歴代最小の4気筒を積んだPV444である。

PV444はその後、世界初の3点式シートベルト装着車でもある1.6/1.8リッターのPV544に発展するが、その2年前には新型車120シリーズが登場。アマゾンの名称とともに多くの人々に親しまれるようになる。 ここから生まれたのがP1900とP1800という2台のスポーツカーだ。ボルボ初のFRPオープンボディとして1954年にデビューしたP1900は67台の生産にとどまったが、フルアがデザインを描いた1960年発表のクーペP1800は、当初のジェンセン製からボルボ自製の1800S、インジェクション装備の1800Eを経て、最後はスポーツワゴンの1800ESに発展した。

派手なスポーツカーが少ない代わり、生活に根付いた実用車が多いのがこのミュージアムの特徴。特に戦後については、個々の車種が現役だった時代にタイムスリップできる場でもあった。1966年発表の140シリーズも、基本設計を240シリーズに継承して1993年まで作られただけあり、日本でもおなじみの1台。

モータースポーツに積極的に参戦を始めたのもこの時期だ。長く厳しい冬の道でも根を上げない信頼性と耐久性はまずラリーで威力を発揮。1965年にはPV544がサファリ、アマゾン122Sがアクロポリスで総合優勝に輝いた。

その後のボルボの代名詞のひとつにもなったワゴンもこの時期生まれた。PV544ベースで1953年に生まれたPV445デュエットがパイオニアで、120シリーズや1966年デビューのモダンな140シリーズにもワゴンを設定。前述のように1800シリーズも最後はスポーツワゴンに転身した。

ボルボというと大柄なセダンやワゴンを思い浮かべる人もいるかもしれないが、こうして歴史を振り返ってみれば、中興の祖としてのPV444とPV544、2台の小型車が重要な存在であることが分かる。

もうひとつボルボを語るうえで欠かせないのはデザインだろう。こちらは取材当日に特別展示を行なっていたヤン・ウィルスガールドについて触れておかねばなるまい。

彼は1950年から40年間チーフデザイナーを務めており、120/140シリーズのみならず、140の発展形で今も根強い人気の240シリーズ、6気筒エンジンを積んだ160/260シリーズ、新世代の740/760、前輪駆動に転換した850などを手掛けた。四角いボルボを確立した立役者と言える。

中でも個人的に目を引いたのは、ベルトーネによるボディ製作で1977年に発表されたパーソナルクーペ262Cと、1995年に登場した850のスポーツモデルT-5Rだった。後者のクリームイエローのボディカラーはいまなお鮮烈だ。

また240ターボと850エステートについてはツーリングカー・レース参戦車両もモータースポーツ・コーナーに展示してあった。”空飛ぶレンガ”というフレーズともども、あの頃のレースシーンが蘇ってくる。

現地での取材の足はXC40

XC40の全長は4425㎜、全幅は1863㎜、全高は1652㎜で、全長はPV445デュエットに近い。日本でも苦にならないサイズだ。

こうした歴史を振り返りながらXC40に接すると、まずデザインについては少し前までのダイナミック&エモーショナルな方向性が薄れ、”四角いボルボ”が復活してきたようで好ましい。そのうえでフェンダーやサイドシルのキャラクターライン、2トーンカラーなどにより、ボルボがスニーカーに例えた40シリーズの遊び心が上手く表現されていた。

XC60に近い作りのインテリアは上質感が印象的ながら、身長170㎝の僕が前後に楽に座れる空間を持ち、コンビニフックをはじめ日常生活で役立つ仕掛けを盛り込んでいる点も見逃せない。数々のワゴンとともに培ってきた、生活を豊かにするパートナーとしての立ち位置が、最新のSUVにも受け継がれていると理解できた。

走りについてはXC90やXC60が用いるSPA(スケーラブル・プロダクト・アーキテクチャー)に続いて開発された小型車用プラットフォーム、CMA(コンパクト・モジュラー・アーキテクチャー)の実力の高さに感銘を受けた。車格に応じて身のこなしは軽快にはなっているものの、北欧生まれらしい穏やかな乗り心地と自然かつ素直なハンドリングはそのままだ。

安全装備が最新スペックになっていることを含め、XC40にはボルボが90年にわたり培っていたクルマ作りの哲学を感じる。クルマとともにある生活を大切にする。その思想は揺るぎないものだった。