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自動車技術&文化史探訪

多用途な機能を持つクルマとして高い人気アメリカ人とピックアップトラック

アメリカではピックアップトラックが荷物を運ぶ手段としてだけでなく、多用途な機能を持つクルマとして高い人気を誇っている。1985年に公開された『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の第2作目で、主人公のマーティ(確か17歳)が、憧れのピックアップトラックを親からプレゼントされ、驚喜するシーンがあったが、これなど北米での存在感の大きさを象徴するシーンだろう。

TEXT / 伊東和彦

それは彼らの生活に密着したツール

“ソウルフード(soul food)”という、よく耳にする言葉がある。その正しい意味(語源)を辞書で調べると、「アメリカ南部の郷土料理。アフリカ系アメリカ人が奴隷制時代に工夫して作り上げていった料理をルーツにもつ(中略)。転じて、ある地域やエスニシティー(あるいは個人)にとって、日常の食生活で欠かすことのできない食材や料理のこと。日本人にとっての味噌汁など」(三省堂刊大辞林による)とある。

もし、“ソウルカー”という言葉があったのなら、アメリカ人にとってのそれは、間違いなくピックアップトラックだろう。かつては、これと双璧を成す存在としてステーションワゴンも加わっていたが、現代では、ピックアップの座は揺るがないものの、ワゴンに替わって、CUV(Clossover Utility Vehicle)が重要な地位に就いている。そのCUVも、“軍用車として誕生したジープを平和な時代に合わせて仕立てた商品”という経緯を思い起こせば、またアメリカの特産物だ。

アメリカ人と小型のトラックとの付き合いは長い。馬車時代には1頭立て、2名乗のバギーがよく使われてきたが、あれなど小型トラックのルーツだろう。開拓時代の映画を観ると、個人単位の足として、一頭立て二座席の無蓋馬車が使われていたことがわかる。一般大衆がフォード・モデルの量販によって自動車を個人所有できるようになると、間もなくピックアップ・スパイダーと呼ばれる小型トラックが登場した。これ以降、ピックアップトラックはアメリカの社会に欠かせないクルマとなった。

開拓精神が流れるアメリカの人々にとってのソウルカーは、このあたりが源流だろうか。1925年のフォード・モデルTのバリエーションとして販売されたトラック。(Ford Motor Archives)
1955/56年のGMC S-100サバーバン・ピックアップ。この時代の典型的なアメリカのピックアップ。白タイヤ、メッキパーツなど高級な設えで、乗用車として使われることを想定している。(GMC Archives)
1959年シボレー・エルカミーノ。フォードのランチェロの対抗馬として登場した。シボレーのラインナップで最上位のフルサイズ乗用車をベースにしたピックアップ。アメリカ車好きには魅力的な存在だ。トップモデルは5.7リッターのV8を搭載する。(GM Archives)
日本のメーカーが手掛ける小型ピックアップに対して、デトロイトスリーは長年手掛けてきたサイズが大きなモデルを充実させた。この1976年シボレーC10のようにステップサイドの荷台が伝統的なスタイル。(GM Archives)
北米に押し寄せる日本車の象徴は小型トラックだった?

なにかと言動が激しいトランプ前大統領は、日本はアメリカでクルマを売りまくっているのに日本がアメリカ車を買わないのはけしからん、不公平貿易だと演説しておられた。私は不公平という言葉には、違和感を覚える。少なくとも関税に関しては不公平ではないことは読者も先刻ご承知だと思う。日本へ輸入される自動車の関税はゼロだが、アメリカでは小型自動車(Light Vehicle)輸入に際しては、2.5%の関税が課せられている。ところがそれだけではない。2.5%の関税を課す種類のクルマを“オートモビル”、すなわち“自動車”と分類している。さらにもうひとつ“ライトトラック”という商用車カテゴリーが存在し、こちらの関税は一気に“オートモビル”の10倍、25%もの高率になる。この“ライトトラック”という英単語を小型トラックと翻訳・理解してしまうと、税制の本質が見えなってしまうから要注意だ。これにはピックアップだけでなく、バンやCUV(SUV)も含まれ、アメリカで販売されるクルマの大半を占めているのである。そして、GM、フォード、クライスラー(FCA)のいわゆる“デトロイター”三社にとっては、日本車の標準より遙かにサイズが大きなピックアップトラックとCUVが主力収益源となっている。

高い関税を課しているということは、国内の産業(とその従事者)を保護している証だ。日本にとっての米や酪農製品の場合を考えれば分かりやすい。こうした商用車への高額関税について調べてみると、1963年に定められ、そのターゲットはVWの商用車であろうことが見えてくる。アメリカのクルマ社会に小型車の利便性を知らしめ、有効な対向車種を持たなかったデトロイターにとって悩みの種となった乗用車がビートルだ。その商用車仕様である“タイプ2”の販売が好調になると、北米の人々は小型トラックやバンの便利さにも気付くことになる。タイプ2の増殖を食い止めようと、1963年に高い税金が設定されたと考えるのが順当だろう。だが、さらに調べると、高率税制の背景には、フランスと西ドイツ(当時)が、急増するアメリカからの鶏肉輸入を念頭に、国内の産業を守るため、最低輸入価格を設定したことに対する米国の対抗措置が発端であった。鶏肉の敵をトラックが討ったのだ。

VW勢の嵐が吹き荒れたあとにデトロイターにとっての脅威となったのが、1960年代後半に日本からやってきた小型車だった。低い価格と高い品質で攻勢をかけ、1969年には輸入自動車市場の18%にすぎなかったものが、1975年には半数を超え、オイルショックも消費者の小型車志向を加速させた。

ベテランのクルマ好きの方々なら、かつて、日本とアメリカの間に『日米自動車摩擦』が勃発したことを覚えておられるだろう。1981年5月、通商産業省(当時)は、日本車メーカー各社が対米輸出を削減と発表。1980年の182万台という実績から14万台減らした168万台という輸出枠を設定した。だが、これは政府間の協定ではなく、“自主規制”という方法での決着だった。それ以前からアメリカのメーカーや労働組合(UAW)は日本車の急進出に危機感を抱いていたこともあり、日本車を叩き壊すパフォーマンスまで行われていた。

かつては日本でもセダンをベースにしたピックアップが存在した。2世代目クラウンのピックアップは、特にアメリカンな雰囲気を醸し出す。(トヨタ自動車)
北米での日本製小型ピックアップトラックの代名詞はダットサンだろう。これは最近、レストアされ、コンクール・デレガンスに参加した1972年型。(日産自動車)

そのころ、日本からアメリカ市場にたくさん送り出されていたクルマがカローラやコロナ、ダットサン510に代表される小型乗用車と、世界的にも唯一無二の存在ともいえる小型ピックアップトラックだった。ダットサン・トラック、トヨタ・ハイラックス、いすゞが生産するシボレーLUV、三菱マイティーマックス(フォルテ)、変わり種としては4WDを売りものにしたスバルBRATが小型の多用途車、あるいはスポーティーカーとして人気を博し、続々と太平洋を渡っていった。

私が横浜港周辺でよく見たのはダットサンとLUVだった。これらは荷台を架装していない未完成車の状態で輸出された。これなら、未完成車なので税率は4%で済むとのことだった。私がこのあたりの事情をよく記憶しているのは、LUVをモータープールから自動車専用船まで運ぶ陸送は、当時のクルマ好き大学生にとって最高のアルバイトだったからだ。

また、アメリカのマーケットが日本製ピックアップトラックを上手に改造し、そこに新たな需要ができた。アメリカ西海岸に多数存在しているピックアップトラックを扱うスペシャリストが、その荷台部分にFRP製キャノピーを載せて2/5人乗りバンに改造してCUVとしていたが、それをメーカー自身がカタログモデルに採用。トヨタが1983年秋に“4Runner”の名で北米市場に投入した(日本では84年春にハイラックス・サーフの名で発売)。

ダットサンと双璧を成すヒットモデルがトヨタのハイラックスだ。これもまた、アメリカで綺麗にレストアされた1971年型。(トヨタ自動車)
いすゞが生産したKBピックアップトラック。シボレーからはLUVの名で販売された。乗用車であるフローリアンのフロント部分を持つ。(いすゞ自動車)

「日米自動車摩擦」のなか、まず、ホンダが1980年1月に「オハイオ州で稼働中の二輪車工場の隣に四輪車工場を新設し、1982年から現地生産する」と発表。これ以降、日本のメーカーは北米に工場を進出させ、雇用を生み出し、北米市場により適したモデルを現地で開発生産するようになった。

日本製の輸入車小型トラックが好調な販売を見せていたとはいえ、デトロイターも小型トラックをラインナップに持っていた。この場合の小型とは、大型トラックに対して小型という意味だ。それらは、日本製から輸入されるそれに比べて遙かにサイズが大きなボンネット型が主流で、大きな排気量のV8ガソリンエンジンをラインアップした。さらに純粋の商用車仕様のタフな物ばかりではなく、セダンをベースにした乗用車的な性格が強いピックアップも加わり、大きな市場規模を成していた。それらはいかにもアメリカらしい、おおらかで魅力的な存在だった。

そうしたものに慣れ親しんだ北米の人々の目には、ダットサンやハイラックスのピックアップは、もしかすると「スーパーマーケットのカート」のように小さく映ったかもしれない。だが、アメリカの友人たちは小型乗用車と同様に小さいことの利便性に魅了された。また、スポーツギア、あるいはスポーツカーとして活用していった。また、北米市場でダットサン車の販売に奔走した故片山豊氏は、生前に私のインタビューに答えて、下記のようにダットサン・トラックとスポーツカーについて持論を披露してくれた。

「スポーツカーって形じゃないんだ。乗る人の気持ちなんだ。若い人たちは『ダットサン・トラックだってスポーツカーだよ、乗ってご覧なさい』って、あちこちで言ってましたよ。乗る人の気持ちでダットサン・トラックだってスポーツカーになるのさ。アメリカではダットサン・トラックが大ヒットしたでしょ。(中略)スポーツカーには気楽に乗れなければならないんだ。それで楽しい気分になる。それがスポーツカーなんだな」

スバルはワゴンとともに、ピックアップの“BRAT”を投入した。4WDスポーツトラックといった性格付けが成されていた。“BRAT”とは、Bi-drive Recreational All-terrain Transporterとの由。荷台にオプションで備える後ろ向きのシートが格好いい。(SUBARU)。
1989年のトヨタ4×4 SR5 Truck。ハイラックスがベースだが、ボディからはみ出しそうな太いタイヤなど、単に荷物を運ぶというより、若い人たちによっては“カッコのいい”スポーツギアとしての性格づけがなされ、憧れのクルマになった。彼らはこれをベースにさらにドレスアップしていった。(トヨタ自動車)
“大きな”小型トラック

デトロイターはサイズが大きく、収益性が大型高級車並に高いピックアップトラックに活路を見いだした。小型車より“大きなクルマ”を造り慣れていることもあり、すでに確固たる市場を握っていた彼らは、北米の広い国土で快適な小型トラックとして製品力を磨き、シェアを拡大していった。

そこにはメーカーが政府と掛け合って引き出した優遇税制とガソリン価格の低位安定があった。ガソリン価格が安くなれば、顧客は小さなエコカーより、燃費が悪くても快適な“ソウルカー”を選んだのだ。さらにデトロイターは優遇税制も引き出した。たとえば、減価償却法(1984年発効)では、GVW(車両総重量)が6000ポンド(2700kg)以上の小型トラックでは、購入額全額の控除が認められている。さらに、1990年に施行された奢侈税(贅沢税)は、3万ドルを超えるクルマに対して10%の税金が課せられるが、これについてもGVWが6000ポンド以上のライトトラックは免税になる。

さらにいえば、石油エネルギーの節約を目的に1978年に導入された、ガスガズラータックス(大食い税)は乗用車だけが対象で、ライトトラックは対象外なのである。これだけの好条件が揃えば、大きなクルマに慣れ、広い国土を移動するアメリカの友人たちがライトトラックを選ぶのは当然のことだろう。かくして、アメリカのソウルカー、ピックアップトラックは安泰なのである。

私は10年ほど前、西海岸をレンタカーのデトロイト製ダブルキャブ・ピックアップトラックで旅したことがあったが、それはパワフルで極めて快適、そして国情に合った使い易いツールで、これなら売れるはずだと思った。アメリカンサイズでは日本の路上では手に余るが、かつてのダットサンやハイラックスなど小型ピックアップは現代でも魅力的だ。また日本でも販売してほしい車種だと思うが、いかがだろうか。

2014年にデビューしたトヨタ・タンドラの第3世代。これはプラチナム。日本のメーカーもサイズが大きなピックアップトラックの市場に参入すべく、北米工場で専用モデルを生産している。5.7リッターV8も選択できる。このほかタコマがある。(トヨタ自動車)
日産タイタンの2017年モデル。タイタンとしては2世代目になる。エンジンは5.6リッターのV8と、5リッターV8ディーゼル(カミンズ製)。(日産自動車)
ホンダ・リッジライン。2005年にホンダもライトトラックをラインナップに加えた。これは2世代目。アラバマ工場で生産する。エンジンは3.5リッターV6のi-VTEC。(本田技研工業)
メルセデス・ベンツもピックアップをラインナップに加えることになった。実質的には日産タイタンからの派生モデル。(Daimler Archives)