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世界有数のマイクロカー&スクーター・コレクションMICROCAR COLLECTION

現代のクルマにはない個性的なデザインの、コンパクト・ヒストリックカーに魅了される人が増えている。ここでは、希少なマイクロカーの数々をコレクションされているオーナーをご紹介しよう。

TEXT / 中島秀之 PHOTO / 奥村純一

世界有数のマイクロカー&スクーター・コレクション

イタリア製スクーターのベスパ・クラブ・ジャパン事務局長でいらっしゃる、K・Yさんの貴重なマイクロカー・コレクションをご紹介しよう。

K・Yさんは、ベスパを始め世界中のスクーターを100台以上コレクションされていて、そのほとんどが極めて希少かつ貴重なモデルのため、その分野では有名な方である。ただし今回お邪魔したガレージの主役はマイクロカーの方で、ここには9台が保管されていた。各車の詳細は後述するが、ここにあるだけでも驚くべきコレクションで、ガレージに着いた途端に腰を抜かしそうになった。

ところが更に別の場所に、ドイツのブルッチェやスパッツ、フランスのポール・バリーなど、超のつく珍しいマイクロカーもお持ちだそうで、そのコレクションの途方もなさに、いささか唖然としてしまったというのが正直なところだ。

もともとお父上が飛行機関連の部品を作る工場を経営されていたそうで、子供の頃は飛行機が欲しかったというK・Yさん。年齢を重ねるにつれ、それが現実的に難しいとわかると、飛行機メーカーが作ったクルマに興味が湧いてきたとのこと。その中で、メッサーシュミットやハインケルといったマイクロカーに強い興味を持つようになり、今から20年余り前に、今回撮影させていただいた1台である1958年式BMWイセッタ250エクスポートを最初に購入された。

実はそれ以前にはホンダS600にお乗りで、ホンダの4輪車をコレクションするか、マイクロカーに移行するか、当時迷われたという。結果的にマイクロカーの方を選ばれたのは、こうしたクルマが、大好きなスクーターの延長線上(実際キャビンスクーターと呼ばれていた)にあったことも大きいようだ。

K・Yさんは、「あんまりクルマとは思っていないんです」と言われていたから、ごく自然な流れだったのだろう。その後次々とマイクロカーが増えていき、今やこちらも世界有数のコレクションになったわけである。

1953 MESSERSHMITT KR175

フェンダーに切り欠きがないのが特徴のKR175。車体右側に純正ラゲッジキャリアが備わる。キャノピー上部が白いのは傷を隠すためで、レストア時に透明に戻したいそう。
キャノピー形状もKR200とは異なる。エンジンはフィヒテル&ザックス製2ストローク単気筒174cc、9ps。
ノーズに備わるメッサーシュミットのエンブレム。
簡素なスクータータイプのステアリング、幅の狭い後席、左グリップによるアクセル、手動によるワイパーなどがKR200と異なる。

では1台ずつ具体的に見てみよう。まずグリーンのクルマは1953年式メッサーシュミットKR175だ。ドイツのフリッツ・フェントという人物が、メッサーシュミット社の協力を得て量産したタンデム3輪車の初期モデルで、ティーポ誌で過去何度かご紹介した後期型のKR200とは各部が異なる。エンジンは174ccで、ボディはフロントフェンダーに切り欠きがなく、キャノピーの形状も違う。アクセルはペダルではなく左手のグリップで操作し、ステアリングも簡素なものが装着されているといった具合だ。

1953~55年に作られたこのKR175に、この個体は珍しい純正ラゲッジキャリアが装着されていた。取材当日はスイングアームのゴムが切れて後側の車高が落ちていたが、それ以外は良いコンディションだった。

20psの2気筒493ccエンジンを搭載し4輪とした、高性能仕様のTg500タイガー。現在エンジンをオーバーホール中。

なおもう1台、1958~61年に作られた、2気筒493ccエンジンを搭載した4輪のTg500(タイガー)もお持ちだが、現在エンジンを海外でオーバーホール中とのことである。

さてK・Yさんのコレクションの原点となったのがBMWイセッタで、現在2台お持ちだ。1台は最初に買った豪華仕様の後期型250エクスポート。もう一台は1955~56年の僅か1年半ほどしか作られなかった、ウインドウ形状の異なる初期型250スタンダードだった。現在後期型は内装を修理中とのとだが、普段は街中を中心に運転を愉しまれているとのことだ。

1958 BMW ISETTA 250 EXPORT

BMWイセッタは、イタリアのイソ・イセッタのライセンスを取得し、自社のオートバイ用4サイクル単気筒256ccエンジンを搭載、各部に改良を施して市販したもの。現車は1956年にマイナーチェンジされたタイプの、輸出用豪華仕様であるエクスポート。

1955 BMW ISETTA 250 STANDARD

こちらは1955~56年に1年半程しか作られなかったBMWイセッタの初期型。サイド&リア・ウインドウ形状が、オリジナルであるイソ・イセッタと同じだ。サイド部分は前側の三角窓しか開閉できない。ヘッドライトケースや前バンパーの形状も異なる。

またイセッタ関連では、BMW版の元ネタであるイタリアの本家イソ・イセッタ、BMWイセッタの対抗馬として作られたドイツのハインケル・カビーネ、そしてフランスでやはりイソのライセンスを得て生産されたベラムの3台も揃っていた。いずれも資料と部品がない中、オリジナル状態に戻すべく、苦労されているとのこと。

VELAM ISETTA, HEINKEL KABINE, ISO ISETTA

右はイソ・イセッタ。エンジンは2サイクル・ダブルピストン単気筒236cc。中央は独自設計のハインケル・カビーネ。モノコックボディを持つ。左はイソのライセンスながら、ボディや各部が全く異なるベラム。
左はBMWイセッタ、右はなんとベラムのペダルカー。
初期型BMWイセッタの内装。

ただ、驚くべきは、残りの2台だ。ブルーの、まるでセスナ機のような3輪車は、フランスの航空機メーカー、SNCANが1953年のパリ・サロンで発表した、アンテルというマイクロカー。メッサーシュミットの対抗馬として作られたと言われるが、ドイツ製より飛行機度が更に高い印象だ。

タンデム2シーターで飛行機のようなステアリングなのはメッサーと同様。エンジンはイーデル(YDRAL)製2ストローク単気筒175ccで8ps、ボディはスチール製で車重は175kgだったそうだ。現車はキャンバストップを備えたスチール製キャノピーを備えるベルリーヌだが、オープン仕様のトルペードも存在した。

1954 INTER

まるでセスナ機の羽を取ったかのようなデザインのアンテル。オートスクーターもしくは175Aベルリーヌが機種名のようだ。メッサーシュミットの対抗馬として開発されたと言われ、同様のタンデム2シーター形式を採用。ボディはキャノピーまでスチールで重そうだが、メッサーKR175(220kg)より軽い175kgだった。とにかくデザインのインパクトが強烈。ぜひ走行可能な状態に仕上げて欲しい。
エンジンはイーデル製2ストローク単気筒175cc、8ps。ジャイロスターターを備えており、実働車の動画を見ると、ヒューンと甲高い音がした後ポロロンとかかる印象。
さすがに前後には動かないが、ステアリングはまるで飛行機のそれ。
メッサー同様のタンデム2シーターを採用。これも飛行機風なところ。

1954~56年に300台程が生産されたと言われるが、現存数は極めて少ないと思われる。K・Yさんのアンテルは、数年前にヨーロッパから購入されたそうだが、移送中にキャノピーがダメージを受けたため、鈑金の上サフェーサーを吹いた状態になっているとのこと。

今後レストアを予定しているが、このクルマにはジャイロスターターと呼ばれる、ヘリコプターのような始動装置が付いているそうで、これを使うとクランクが曲がるという説があり、思案されているのだそうだ。

もう1台の丸いクルマは、ドイツのフルダモビルS-1だ。フルダモビルは、ノルベルト・スティーベンソンがデザインし、カール・シュミットがエンジニアリングを担当、エレクトロマキーネンバウ・フルダ社が製品化し、NWF社が生産する形で1950~69年に2200台程が作られたとされる。

1954 FULDAMOBIL S-1 NWF200

コロンと丸いデザインが特徴のフルダモビルS-1。スチールフレームの上に木製のフロアを置き、ボディを被せる構造だが、このS-1のみアルミボディでJLO製197ccエンジンを搭載する。量産型のS-2以降はFRPボディになるとのこと。現車は2台のみ作られたうちの1台だそうで、現在エンジンがスウェーデンから到着するのを待っている状態。また木製のフロアもスウェーデンで作ってもらうそう。
マイクロカーとしてはかなり立派なインパネを備える。ステアリングも大径の丸型で乗用車的。

K・Yさんのクルマはその中のS-1と呼ばれる、量産試作車とも言える貴重な個体。SシリーズはS-7まで発展するが、このS-1のみアルミボディで2台しか作られなかったという。スチールフレームにウッドフロアを載せ、横3人掛けシートを持つボディを被せた3輪車で、S-1のエンジンはJLO製197cc。これもレストアは大変だそうで、最近スウェーデンでエンジンが見つかり、ようやくプロジェクトが動き出すとのことだ。

こうした貴重なマイクロカーを、レストアパートナーの関根慎太郎さんと管理されているK・Yさんだが、全てを仕上げるのには、まだまだ長い時間が必要なようだ。どれか1台でも完成したら、ぜひ再訪させていただきたい。

TOPICS

フルダモビルの進化

フルダモビルは1950年にプロトを製作。1951年に初の市販車Nを発売した後、アルミボディのN-1、フィヒテル&ザックス・エンジンのN-2と進化。1954年に曲線的でテールゲート付ボディの量産試作車S-1が登場。すぐにFRPボディのS-2となり、以後エンジンや仕様、ボディ形状を変えながらS-7まで進化し、1969年で生産終了。スウェーデンやイギリスなど数か国でライセンス生産も行われた。

最初の市販車N(photo:BlueBreezeWiki)。
1952年登場のN-2。
最終型のS-7(1957~69)。ボディ形状は洗練され、テールゲートは消滅。

VESPA 125 & 125U

コレクションの原点であるベスパも、こちらのガレージには何台か置いてあった。右は1951年式の125で、映画「ローマの休日」で使われた個体を再現した1台。左は1953年式の125Uで、ボディが僅かに近代化。

1954 HEINKEL TOURIST 102-A1

カビーネの前にハインケルが発売したツーリスト102。長距離でも安定した走行性能を誇ったため、スクーターのロールス・ロイスの異名を持つ。この個体はその最初期型A1で、4ストローク174ccエンジンを搭載。