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アバルト伝説に魅せられてFIAT ABARTH 750 GT GOCCIA & 750 RECORD MONZA

かのカルロ・アバルトの掲げたサソリの紋章のもと、イタリア自動車史に冠たるエンジニアやデザイナーたちがともに集って紡ぎあげた「アバルト伝説」。そんなアバルトの創成期を象徴する2台をご紹介しよう。

TEXT / 武田公実 PHOTO / 内藤敬仁

1957 FIAT ABARTH 750 GT GOCCIA

ゴッチア=水滴の名を冠する
蠱惑的なレーシングGT

すべてのモデルが伝説であるクラシック・アバルトの中にあっても、この金魚のように可愛らしい一台の伝説性は格別。アバルト創成期の名作750GTの一翼を担うモデルで、デザインはジョヴァンニ・ミケロッティ。そして架装はカロッツェリア・ヴィニャーレという、50年代イタリア自動車界を代表するビッグネームが手掛けた『フィアット・アバルト750GTゴッチア』である。

“ゴッチア(Goccia)”とは、水滴を意味するイタリア語。その名が示すように、水滴のごとき理想的な流線形を目指したボディで、小さくとも大排気量マシンに負けないスピードを目指したレーシングGTである。

主要メカニズムは有名なザガート製“ダブルバブル”に代表される、フィアット・アバルト750GTと共通。つまり、フィアット600用水冷直4 OHVユニットを747ccに拡大。47psまでチューンして搭載している。しかしボディは、ほかのいかなるアバルトにもまったく似ていない。この個性溢れるデザインは、新進気鋭のスタイリストであったミケロッティが、当時人気の高かった世界最高スピード記録用マシンにインスパイアされ創作したという、極めて実験的なもの。スタビリメンティ・ファリーナ在籍時代からの盟友であるアルフレッド・ヴィニャーレが架装したアルミボディは、かのカルロ・アバルトをして「世界で最も目立つクルマ」と言わしめた。

ただ、あまりにも未来志向なデザインであったゴッチアに対して、当時のモータリストが大いに困惑したのは間違いのないところだろう。結局、ヴィニャーレの工房において架装されたゴッチアは、開発の初期段階で試作され、1957年3月のジュネーブショーに出品されたプロトティーポ(ショー出展の段階ではガルウイング式ドアが与えられていた)のほか、1台ないしは2台だけに終わってしまった。すなわち、製作された総数は2台あるいは3台のみという、まさしく伝説のアバルトなのだ。

それでも、たとえ作られた台数はわずかであろうとも、ゴッチアのモータースポーツにおける足跡もまた伝説的。スピードレースとしては史上最後となった1957年のミッレ・ミリアでは、アルド・ルイノ/マリオ・コスタ組がドライブする750GTゴッチアが、“38”のカーナンバーとともに出場。750cc以下のGTクラスで4位。総合では94位で完走を果たした。

東北地方某所の美しいカントリーロードを颯爽と駆け抜けるゴッチア。デザインを手がけたジョヴァンニ・ミケロッティが純粋な流線形を目指していたことが良く解るサイドビューは、見ている内に不思議と、どんどん魅力的に映ってくる。

そして今回の取材に、東北地方某所にお住まいのKさんからご提供いただいた750GTこそ、そのミッレ・ミリアに出場した車両そのもの。すなわち、伝説が幾重にも折り重ねられた、文化遺産的な一台なのである。

もともとはモダン・ポルシェとともに走り志向の強かったKさんは、現在も愛用中のジャガーEタイプを同郷の先輩エンスーから譲り受けたことをきっかけに、クラシックカーに開眼。そして2013年~2014年にかけて、件の先輩エンスー氏が、このゴッチアを売りに出していると聞き、急速に興味を抱いたとの由。実はこの時点でKさんは、ゴッチアというアバルトの存在さえご存じなかったという。しかし、このクルマについて記された数少ない資料を世界中から掻き集めて調べていく内に、このクルマの歴史的価値が非常に高いこと。そして、アバルトというブランド特有の伝説に、どんどん惹かれてしまったとのことなのだ。

今や、クラシック・アバルトだけでも3台。現代アバルトも合わせれば4台ものアバルトを所有することになったKさん。彼のほかの愛車たちにはあまり興味を示さないという奥さまも、アバルトだけは可愛らしいスタイルから、とても好評とのことである。

その中でも、Kさんにとって一番のお気に入りは、やはりご自身にとって初のアバルトである、このゴッチア。今回の撮影にあたっての車両移動でも、実に楽し気に愛車を走らせるご様子が、筆者にはとても眩しく映った。

「どちらが前か判別し辛い」と評されたデザインが強調される後姿は、ミケロッティの探求心の結果だろう。

そんなKさんに、これから手に入れたい憧れのクルマは? と尋ねてみたところ、「ゴッチアでアバルトの歴史の魅力にハマってしまったと同時に、小排気量車の楽しみも知ることができました。でも、もう少し楽にハイスピードを愉しめるという点では、例えばアバルト・シムカ1300GTあたりでしょうかね」と、真っ先に出てきたのはアバルトの、しかも伝説的という点では申し分のないモデル。

やはり、いちど伝説的な側面からクラシック・アバルトの世界観に魅了されてしまったなら、もう離れることはできない。真の“サソリの毒素”とは、それほどに危険なものなのだろう。

短いノーズの先端中央には、当時の公道レースの定番である補助灯。1957年ミッレ・ミリアの際も同じスタイルだった。
フロントノーズの内部は、ほぼ燃料タンクが占拠してしまう。
アマドーリ社製ディスクホイールはランチアやアルファでも使用された。
ドアには内張りなど一切なく、サイドウインドーも簡素なスライド式。室内換気は小さな三角窓に救われる。
アバルト“750デリヴァツィオーネ”キットを組み込んだフィアット600用エンジンは、吸排気系やヘッドのみならずクランクシャフトも専用品。最大で47psを発生した。
アルミ板を成形して塗装しただけの簡素な計器盤に映える美しいウッドステアリングは、ナルディ社が受託生産していた時代のアバルト・ブランド品か?
計器はアバルトの定番、イエガー社製を三連で備えている。
ウッドのシフトノブ以外は、フィアット600と変わらないフロア周り。スターター/チョークレバーが並ぶのもフィアット600/500と共通。
ペダルにはオリジナルの“FIAT”刻印がまだ残っている。
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