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ジウジアーロと言えばいすゞなのだISUZU 117COUPE

ベレット、ジェミニ、ピアッツァといった市販車たち。そしてR6に代表されるプロトタイプ・レーシングカー……。今は乗用車事業から手を引いてしまったいすゞには、いまだに熱狂的なファンが少なくない。中でも天下のジウジアーロ・デザインを見事に製品化した117クーペは、国産クーペ史上に残る白眉として通好みの1台だ。

TEXT / 増田 満 PHOTO / 岩島浩樹

ジウジアーロと言えばいすゞなのだ

77年12月に角形ランプの後期型に移行してしまうが、やはり117といえば丸目のこのスタイル。それはジウジアーロが描いたデザインそのままなのだから、中期モデルまでという条件は譲れない。ハンドメイドとの差は外観上、ウインカーの位置くらいなもの。低いウエストラインが上下に波打つ実に美しいスタイル。

マセラティ・ギブリやボーラ、ジュリアスプリント、ロータス・エスプリなどをデザインしたかのジョルジェット・ジウジアーロは、ベルトーネやカロッツェリア・ギアに在籍。そのキャリアを経てイタルデザインを設立した、現代を代表する工業デザイナーのひとり。70年代末期には自転車であるブリヂストン・モンテカルロを手がけ、スーパーカー少年たちにとっても憧れの自動車デザイナーだった。

いつかはジウジアーロがデザインしたクルマを手に入れたい。そんな漠然とした思いを胸に抱いたスーパーカー少年の目に、70年代当時街中を走るいすゞ117クーペは”ガイシャ”と勘違いさせるくらいスタイリッシュだった。物心つき、いすゞというメーカーが現存する国産自動車メーカーとしては最古の歴史を持っていることを学び、117のデザイナーがジウジアーロだったと知り驚天動地な思いをした。と同時に、117を”ガイシャ”と勘違いするのも無理はないと納得したことも覚えている。

117クーペは66年のジュネーブショーで『ギアいすゞ117スポルト』として発表され、コンクール・デレガンスを受賞。その流麗なスタイルを生産するには当時の技術に無理があり、68年発売時にはボディパネルを職人が手作りで生産していた。1.6リッターDOHCエンジンを搭載する手作りボディということで、当時の発売価格は172万円。クラウンが100万円前後で買えた時代、トヨタ2000GTが238万円、コスモスポーツが158万円だったことと考え合わせれば、いかに高額だったかお察しいただけよう。

ところが、73年にはボディパネルのプレス成型が可能となり、ついに117クーペは量産型へ移行する。廉価版のXTでは120万円を切るところまで価格が下げられ、販売台数も初期ハンドメイドとは比較にならないほど多くなる。それゆえ現在でもハンドメイドモデルより安価に、それなりの数が流通しているのだ。一部のマニアには根強いハンドメイド志向が見られるが、見方を変えれば丸目の量産型は不人気車種でもある。つまりジウジアーロ・デザインの名車が比較的手頃な価格で手に入るのだ。これを吉報と呼ばずしてなんと呼ぼう。

搭載エンジンはSOHCの1.8が中心であり、その走りに鋭さやスポーツライクな醍醐味を求めてはいけない。あくまでエレガントなクーペスタイルを楽しむのが、117クーペ本来の愛で方。走りを楽しみたいならベレットを選ぶのが正しい選択だ。

“気軽に”楽しむという点でも、まさに量産型117クーペはピッタリ。ハンドメイドモデルは最低でも250万円スタートだが、量産型は100万円台からでも狙える。インジェクションを備えるDOHCエンジンのXEや同ツインキャブのXGは数が少なく相場も高め。だが丸目中期のSOHCモデルなら100万円少々でも見つかり、ベース車を買ったつもりで気長に仕上げる楽しみ方もできる。今回撮影した75年式のXCは、元の状態が良かったところに外装を手直しした、ほぼ完璧な状態。

しかも量産型はクーラーの装着率が高く、意外に実働で使えるものも多い。古いクルマでも実用性を備えているのは美点と言える。ジウジアーロの名デザインをほぼそのまま量産車にした、いすゞというメーカーの心意気にも賛同したい。こんなクルマ、大手自動車メーカーは決して真似できなかったのだから。見ているだけで楽しめる117、本当にオススメです。

ハンドメイド時代は台湾楠のウッドパネルだが、量産型は最上級のXEにだけローズウッドが継承され、それ以下のグレードは金属製に変更された。だが、ドライバーを中心に角度が付けられた7連メーターから、コストダウンという印象は全く受けない。
エンジンは1817ccのSOHCで撮影車はクーラー付き。
縦縞模様が特徴的なシート。76年にはベロア地になる。
フロントの唐獅子エンブレムが単独になったのも量産型の識別点だ。