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COLUMN

内燃機関の終焉まで生き残る名機FLAT4 HISTORY

TEXT / 半谷範一

内燃機関の終焉まで生き残る名機

地球上に生命が誕生したのは、今から40億年ほど前のことだった。その生命が地上に進出したのは4億年ほど前のシルル紀のこと。最初に植物が、それに次いで節足動物が、それに少し遅れて脊椎動物が上陸を果たした。さらに1億年後の石炭紀、脊椎動物、つまり我々のご先祖様は両生類に毛が生えたような原始的な生物に過ぎなかった頃、昆虫は既に現在我々の周りで見掛ける物と大差ない形にまで進化していた。

時はそこから一気に3億年流れて……量産の乗用車として最初に登場した水平対向4気筒エンジンは、1926年にチェコのタトラT30に搭載された空冷エンジンであった。

水平対向4気筒は左右のピストンがお互いの振動を打ち消す方向で動くためエンジンの振動が少なくすることが可能で、前後長を2気筒+α程度で収めることができるのでコンパクトでもあった。さらに左右に大きく開いたバンクによって冷却に必要な広い表面積を確保できるという利点もあり、空冷というメカニズムとの相性も非常に良かった。確かにヘッドが左右に大きく離れてしまうことにより同弁系や吸排気系の構造やレイアウトが煩雑になってしまったり、シリンダーが横倒しの状態となるために均一な潤滑被膜を形成することが困難になってしまったりという問題があったものの、ラジエターを始めとした”水まわり”の部品が不要ということは、それらの欠点を補って余りあるものでり、コストの問題さえクリアできれば、小型車用エンジンとしては非常に優れた資質を持っていた。

さらに1930年代の後半になると、まずイギリスのジョウェットが、さらにそれに続き本命ともいえるドイツのkdf(VW)の空冷水平対向4気筒の量産も開始されることになった。そう、あの空冷ビートル用のフラット4エンジンだ。

水平対向と言えばビートル(タイプⅠ)
量産乗用車最初の水平対向4気筒はチェコのタトラT30だが、その存在をメジャーにしたのがフォルクスワーゲン・ビートルであることに異存はないだろう。(photo:Patric Ernzen/RM Sotheby’s)

皆さんもご存じのとおり、このエンジンを搭載するタイプⅠはつい2003年まで新車が生産されていたし、現在でもパーツ等の問題で維持に困ることが皆無の現役エンジンであるが、その登場は何と今から80年も前のことだったわけだ。さらに驚いたことに、この80年前に登場した時点で既に、ほぼ最終的な完成形に近い所にまで到達していた。当然、後に周囲の環境や法規の変化などに合わせて変わっていった部分もあるが、基本的なメカニズムに関しては登場と同時に、進化の到達点に近い所まで達していたのである。ちょうど石炭紀の昆虫達と同じように。

このエンジンの設計に関しては、”天才的なエンジニアによって生み出した独創的な……”といった表現がなされることが多い。確かに私も以前はそのように考えていた。しかし、最近ではもしかしたらそれは誤りだったのでは? と思い始めている。むしろ空冷の水平対向4気筒、OHVという条件を設定し、極限まで合理化したデザインを追求すると、あそこに落ち着くのはある意味必然ではなかっただろうか?そして必然であったからこそ、それ以上進化する必要がなかったのではないだろうか? と。

恐らくVWタイプⅠの商業的な成功がなければ、ここまで空冷の水平対向4気筒エンジンが普及することはなかっただろう。ましてや乗用車の累計生産台数の世界記録を打ち立てることなど不可能だったはずだ。しかし、ことエンジンに関しては、サメ(魚類)とイクチオサウスル(爬虫類)とイルカ(哺乳類)が収斂進化でほぼ同じ形に到達したのと同じように、誰かが同様の結論に達したはずだと思っている。その後、VW系の空冷水平対向4気筒エンジンは、ポルシェ356に搭載されたり、やや大型のアルミブロックを持つタイプ4系のラインが登場したり、さらに1980年代に入るとそれをベースに水冷化を計ったユニットを開発、バナゴン(カラベル)等のトランスポーター系のクルマに搭載されたり……系統樹の異なる枝へも歩み始めることになったが、一番太い幹であるタイプⅠ系のエンジンはそのままであった。しかし、当然のことながら量産車用の水平対向4気筒エンジンを開発したメーカーはVWだけではなかった。

タイプIからポルシェ914まで
後に紹介する718ボクスター以前の”水平対向4気筒ポルシェ”と言えば、もちろん914。レイアウトもボクスターと同じミッドシップだった。エンジンはタイプI直系のVW製となり、1.7リッターと2.0リッターが存在。途中ポルシェ製6気筒の914/6が登場したことで、どうしても格下に見られるが、今こそその価値を再評価すべき時だろう。

1950年代末にドイツのボルクヴァルトが開発した水冷の水平対向4気筒こそほとんど注目される機会がないまま消滅してしまったものの、1960年にはランチア・フラヴィアが水冷の水平対向4気筒エンジンを搭載して登場。さらに1966年には富士重工のスバル1000もデビューしている。さらに1970年代に入るとアルファロメオがアルファスッド系のモデルに搭載したり、シトロエンがGSやアミ・スーパーに空冷のユニットを搭載したりするなど、何種類もの水平対向4気筒エンジンが市場に存在していた時代もあった。市販化こそされなかったものの、他にも水平対向4気筒を研究していたメーカーがいくつもあり、ロータリーとはまた別の意味で、まだ何か新しい可能性を秘めたエンジンのように思われていたのだろう。しかし、そのような時代もやがて終焉を迎える日がやってきた。振動抑制技術の進歩により、現代の直列4気筒エンジンの振動は優れた資質を持つはずの水平対向4気筒に遜色ないものとなっているし、ひとつの売りであった低重心に関しても、エンジンの下方に排気しなければならないという構造上の制約は如何ともしがたく、現実には素人の私達が考えるほど特筆できるメリットとはいえない状況になっている。

ヘッドが左右に分かれているという点は、エンジンの下に1本だけカムシャフトを抱えていたOHVの時代ならいざしらず、可変バルブタイミングのDOHC16バルブが必然の現代においては、シンプルで低コストのエンジンを作る上での大きな障壁だといわざるを得ない。

ランチアはV4以前、フラヴィアへ
ランチア初のFWDとしてフラミニアのロアレンジを受け持ったフラヴィアも、水平対向4気筒を搭載していた。ベルリーナ、クーペなどが生産されたが、同ユニットはこのモデルだけの短命に終わった。
1000に始まるスバル水平対向の歴史
今年で50周年を迎えるスバルの水平対向。昨年には累計生産台数1500万台を達成。第1世代がこの1000に始まるEAで、第2世代が1989年初代レガシィに初搭載したEJ。第3世代が2010年フォレスターに初搭載したFA、FBとなる。
アルファロメオはスッド系に搭載
アルファスッドと言えば水平対向4気筒。1971年にデビューしたのは1.5リッターのシングルカムで、VW系の空冷/RRに対し、水冷/FFとなった。後にスッド・スプリント、33、そして145/146に搭載されている。
シトロエンGS、アミなどにも
1970年のパリ・サロンでデビューしたシトロエンGSは、当初ロータリーエンジンの搭載も予定していたが熟成が進まず、結果的に水平対向4気筒を採用することになった。初期モデルは1015ccの排気量となる。

率直な話、コストなどを含めて現代の量産の工業製品として考えた場合、最も理に適っている汎用性があるエンジンは水冷の直列4気筒である。現在でもスバルが水平対向4気筒を採用し続けることができているのは、長年にわたって積み重ねられてきた技術や経験の蓄積があるがあるから(もちろん新規開発に掛かるコストや人員、生産施設の問題などを含めて)で、他メーカーにとっては、新規に開発しようと考えるほどの魅力的な存在ではなくなっている。さらに4気筒に限らず、水平対向エンジンのメリットを最大限に生かすためには、パッケージングを含めてクルマ全体、トータルで考えなくてはいけない問題であることはいうまでもない。

というわけで、恐らく今後、量産の乗用車用として水平対向4気筒エンジンが主流に返り咲くことはないだろう。しかし、私はこのまま水平対向4気筒エンジンという存在自他が絶滅してしまうとは思っていない。むしろ、内燃機関の終焉まで生き残るエンジンは、空冷の水平対向4気筒、はっきりいってしまえばVWタイプⅠのエンジンではないかとさえ思っている。

現在、単発の小型航空機に搭載されている4気筒エンジンはほぼ100%、空冷の水平対向のOH Vである。その大きな理由のひとつが単純で信頼性が高いという点。そこにはノスタルジーや趣旨嗜好など介在する余地はない。そしてそれは自動車用のエンジンでも同じことだろう。コンピューターも使わず、ラジエーターもゴムホースもなく、タイミングベルトどころかチェーンすらなく……実用性のあるエンジンでここまで単純な物は他にほとんど存在しない。

人類滅亡後も、地球上に昆虫が生き残ると想定している方は少なくないという。ケーファー、ビートル、フスカ、バグ、コシネル、カブトムシ……。我々はVWタイプⅠを昆虫に例える愛称で呼ぶことが多いが、あながちそれも偶然とはいえないのかもしれない。