OTHERS

<その他コンテンツ>
ニューカー、ヤングタイマー、クラシック、オーナー、ライフスタイル、
カタログ、100ドロ、ミニカーなどなど
CLASSIC&YOUNGTIMER

永遠のファミリーカーVOLKSWAGEN 1200

趣味のクルマを買う場合、手に入れた時点で既に"大昔のクルマ"である場合と"新車で手に入れてから50年乗っていたら、結果として大昔のクルマになっていた"という場合がある。本稿でご紹介するヤマダ家のVW1200は、 まさに後者の典型的な例。1970年代から半世紀近くに渡って、 ヤマダ家唯一の“ファミリーカー”として走り続けて来たのである。

TEXT / 山田芳朗 PHOTO / 山田芳朗

筆者の父・英雄はカーマニアではない。むしろクルマには詳しくないと言って良い。ただ、生涯初めて手に入れたVWを大層気に入り、半生を共にしたというだけなのだ。そして実際、山田家はこの1台で何でもこなしてきた。お買い物から週末のドライブ、真夏の海水浴から雪山のスキーにキャンプ、お引っ越し。息子である自分はカメラマンを生業にしているが、VWに大量の撮影機材を積んで長距離ロケに出かける事もしばしば。エアコンが無いので、担当編集者やアシスタント君から敬遠されているのは確かだが。

実際のところ、今までVWが故障した事はない。旧いのに! と感心される事もあるが、父・英雄はVWが旧車扱いされると不思議そうな顔をする。「大通り公園のヤナセで買った新車なんだけどなぁ」。半世紀前の新車を、現在ではヴィンテージと呼ぶ。だが、本人はいたって真剣である。

時は遡って1960年代の終わり。国家公務員だった父親の転勤で、神奈川から北海道に移り住む事となった山田家。幼かった自分に、移り住んだ北の街には雪の記憶しかない。だが、母親に手を引かれ、単線に乗って出掛けた札幌の華やかさははっきりと覚えている。大通り公園にはモダンなビルが建ち、スパイクタイヤで削られていた道路には真新しいアスファルト。やがてオリンピックが始まると、大倉山シャンツェに日の丸飛行隊が舞い、ジャネット・リンは尻餅をついて銀盤の恋人に。テーマ曲の『虹と雪のバラード』と共に、札幌は生まれ変わったのである。

活気溢れる1972年の札幌では、初代シビックが大人気であった。FFは雪に強いとかCVCCがなにやらスゴイらしいという事で、校長先生や社長さんもこぞって購入していたらしい。父・英雄によると「シビックが60万円で、VWは80万円だったかな?」。初代シビックの1200GLEが54万円、VW1200セダンが74万円という記録があるから、記憶はあながち間違ってはいないと思われる。現在の物価をざっと当時の3倍だと仮定すると、初代シビックは現在のフィットと言えるだろうか。そして、VW1200スタンダードは現在の200万円代半ば。ゴルフTSI的な立ち位置だろう。

父・英雄も初代シビックが気になっていたという。果たしてまだ外車が贅沢だった時代に、堅い役所勤めの父が外車を選んだのか? それは単純に”乗りたかったから”で片付けて良い気がする。家族の思い出をかき集めると、蘇るのはVWと過ごしたキラキラした思い出ばかり。雪降る大通り公園と雪まつりの雪像。日本に上陸したてのケンタッキーフライドチキンにクルマで立ち寄る。週末はハイソスポーツの先駆けだったスキーに出掛け、リアラックにはヤマハのグラスファイバーの板を斜め刺し。真白の景色に映えるオレンジのボディカラーは母が決めたそうだ。若かった父と母が幼い子供たちと過ごす北国の生活に、オレンジ色のVWはささやかな彩りを添えたに違いない。

改めて思うのは”もしも初代シビックを買っていたら?”である。父もシビックは好きだった。だが、1972年型のシビックを、47年間もの間、熱心なカーマニアでは無い父が維持できただろうか? 47年前、たまたま選んだ1台がVWであり、それが他に類を見ないロングセラーだった。そんな巡り合わせで、今でも山田家にいてくれる VW1200セダンである。

1972年型のVW1200セダンは、現代の交通事情においても実用車たる。これは、我が家としては偽りのない事実だが、もちろんそれが額面通りの一般論として通用するとも思っていない。故障知らずで乗員と荷物が運べて、何より長い付き合いができる1台と暮らしたい。そんな割り切りをすればこれ以上の相棒はいないが、避けて通れぬ不満もある。代表格は、エアコン問題である。

北海道ならいざ知らず、生まれ故郷の神奈川県は武蔵小杉に戻って以降、やっぱり夏は暑かった。まして近年の猛暑で年老いた父や愛犬を乗せるのは命の危険に関わる。

70年代な趣はそのままに、エアコン付きでついでにもうちょっと速いといいな……。そんな1台と出合ったのである。

2003年までメキシコで生産が続けられていたVWタイプ1。そのラストイヤーモデルがフラット4でFor Saleだという。伺ってみると純正色のシルバーメタリックボディには惜しげも無くあしらわれたクロムパーツ、当社比約2倍の76hpを発生する1600ccエンジン、嗚呼憧れの純正エアコン様。うーむ、これ以上何を望むのか? というドリームマシンなのである。肩肘張らない旧車ライフを末永く続けるなら、これ以上の適任はないのでは? お問い合わせはお早めに。この記事が出る頃には、山田家の息子が買ってしまいそうだけど。

現在も空冷VWの魅力は普遍

『ビートル』というニックネームがある事を知らず、我が家ではオーナーズマニュアルのタイトル通りに『フォルクスワーゲンせんにひゃく』と呼んでいた。 息子は後に、アメ車カスタム全盛時代のデイトナ誌の編集者となるが、このVW1200には手を付ける事無く、ヤナセで買ったままの全くのストック状態をキープ。2007年に、空冷VWショップ『ロシナンテ』でボディと内装のフルレストアを施した。フロントウインドウの傷は、父親が誤って付けてしまったもの。大事な愛車を傷モノにしてしまったと、今でも思い出しては悔やんでいる。

2003年 VW TYPE-1 MEXICO

スタイルにパワー、エアコンその他の充実装備もぬかりなしの『2003年型VW TYPE-1 MEXICO』。 カラードパーツを徹底的にクローム化、内装もフラット4オリジナルのバイナルレザーに張り替え済みで、70年代スタイルを再現している。ヴィンテージモデルにエアコンを装着すると40~50万、内装張り替えで30万、クロムパーツが幾らと考えていくと、税抜き184万円)ははっきり言ってバーゲンプライスである(掲載物件はSOLD OUT)。欲しい……。