OTHERS

<その他コンテンツ>
ニューカー、ヤングタイマー、クラシック、オーナー、ライフスタイル、
カタログ、100ドロ、ミニカーなどなど
OWNER&LIFE STYLE

哲学的自動車との生活PHILOSOPHY OF CITROËN 2CV

「直して使うより、買った方が安いよ」としたり顔で勧めてくる人は、ちょっと苦手だ。本当に大切なモノは、実はいつの時代になっても古くならないんじゃないか。あるいはそんな生き方を目指すべきなんじゃないか。つい先を急ぐ我々に、そんな事を考えさせてくれるシトロエン2CVとは、人生の先生かもしれない。

TEXT / 長尾 循 PHOTO / 神村 聖
SPECIAL THANKS / 原嶋明男, 慈久庵(http://www.jikyuan.co.jp/

人もクルマも原点回帰

1955年式の”AZ”。日本に現存する2CVとしては最古参の1台と言える。長寿車種の初期モデルであればあるほどその生まれた時代性や当初のコンセプトを色濃く感じることができる。1台ですでに”自動車博物館”の様な存在感を醸し出すAZを通してシトロエンの天下無双の志を見る。

ひとつのクルマが工業製品として世に送り出されるためには、多くのエネルギーが必要だ。そのエネルギーの源とは、例えば「まだ機械化されていない農民のために、今までに無い乗り物を発明しよう!」といった”自動車人としての高い志”だったり、あるいは逆に「ラインナップの穴埋めのために、有り合わせのコンポーネンツを組み合わせてそれっぽい新車を作っとけ」といった”ドライな経済的事情”だったりと、時代やメーカーの立場によって、そのクルマを生み出すエネルギーの源は千差万別。しかし、その善し悪しを断じるのは本誌の意図するところではない。とはいうものの、我々の様なクルマ好きにとっては、その”エネルギーの源”が明快で理にかなったものであればあるほど、そのクルマに対するシンパシーは高くなる。それがいわゆる”趣味ゴコロ”というものだろう。

シトロエン2CV。ご存知の通り、フランスの農村部で人力や牛馬に頼っていた農民の暮らしぶりを見た当時のシトロエン副社長ピエール・ブーランジェの「彼らのために、コウモリ傘に4つの車輪をつけた乗り物を作れ」という指示により1935年から開発が進められたのが、その物語の始まり。’37年にはTPV(Toute Petite Voiture の頭文字=英語だとvery small car)と呼ばれた最初のプロトタイプが完成。1939年には250台の試作モデルが製作されたが、この年の9月に勃発した第二次世界大戦によって開発は遅延。TPV改めシトロエン2CVとして発表されるのは、終戦から3年後の1948年パリ・サロンまでお預けとなった……という一連の経緯は、シトロエン・フリークならずともよく知られるところだろう。

今回ご登場願ったシトロエン2CVは1955年式。ちなみに1955年と言えば、トラクシオン・アヴァンの後継車として、かのDSがデビューした年。この時点で既に2CVは発売から7年目を迎えていた。脱線ついでに言えば、我が国では観音開きの初代クラウンとダットサン110が相次いで登場した年でもある。そう聞くと、改めてシトロエンの前衛ぶりが際立つ。

さて話を2CVに戻すと、デビュー当初は375ccだったエンジン排気量は1954年に425ccに拡大され、形式名は最初のモデル『タイプA』に対し形式名は『AZ』となった。

この年式ならではの特徴としては、ルーフのキャンバスがボディ後部下端まで達しトランクのフードを兼ねていることや、波板状のエンジンフードに逆観音開きのドア、ハンモック式のシート、スピードメーター・ケーブルで駆動させる半自動式ワイパーを備えていることなどがあげられる。

「博物館に収蔵されているもの等を別にすれば、ナンバー付きの実働車としては日本最古の2CVかもしれません」と語るオーナーの原嶋明男さんは、生粋のシトロエン・フリーク。まだ若かりし頃、当時シトロエンのフラッグシップ・モデルだったCXに憧れたものの、それはやはり高嶺の花。GS/GSAに食指を動かされつつも、最終的には当時まだ新車で買うことの出来た2CVチャールストンを入手したのが、この道の始まり。1983年の事であった。

その後、2CVを通じて”シトロエン・コネクション”は広がり続け、一時期はチャールストンに加え、不動・実働取り混ぜた様々な年式の複数の2CVに囲まれて暮らす日々が続いたという。その間、乗り方のコツからメンテナンスに至るまで、2CV仲間から得た様々なノウハウを自身のものとしてきた原嶋さんは、大抵のメンテナンスは自宅のガレージで行ってしまうとの事。ちなみに取材当日にガレージに入っていたフルゴネットは、知人にメンテナンスを依頼されたものだそう。では、今では他のモデルには興味が無いかと言えば、そんなことはない。

「シトロエン好きとしてはいまだにCXやDSにも興味があって、実はDSに関して言えば、かつて数年ほど付き合っていた時期もあったのですが、やはりシンプルで気楽に付き合える2CVとの生活が性に合っているようです」

「2馬力は最悪路上で止まっても、押して動かせますが、DSはそういうわけにはいかないので、乗っていてもちょっとしたプレッシャーはありましたね」

つまみ食いをしつつも、シトロエン2CVだけはずっと手元にあり続けた原嶋さん。

長い期間にわたって生産されたクルマは、アシとして乗るなら高年式。逆に趣味の対象としてなら古ければ古いモデルほど、そのオリジナルのコンセプトに忠実で好ましい……。長年にわたる2CVとの生活の中で、そう考えはじめていた原嶋さん。そんな原嶋さんの元にこの1955年式AZがやって来たのは、今から二十数年前の1993年の事だった。

既にその頃には、国内はもちろん海外のオーナーズ・クラブ等とも親交があり、そんな中、イギリスのシトロエン・クラブの女性オーナーから”ミスター・ハラシマにだったら譲ってもいい”といわれ入手を決断したというのが、この個体である。船便のコンテナで日本向けに発送してもらい、紆余曲折の末に晴れて日本のナンバーを取得するまでの、楽しくも大変な日々のエピソードは、それだけでひとつの物語となるほど。

ともあれ、新車当時からずっと乗り続けて来た前述のチャールストンと入れ替えて手に入れたというから、原嶋さんの「このAZがアガリの1台かなぁ」という気合いと気迫もうかがえる。

2CV。それはシトロエンという自動車メーカーが作ったクルマではあるが、その誕生までの歴史的背景や、使用目的にとことん向き合った結果として生まれた唯一無二の姿カタチを改めて眺めていると、それはもはやクルマというジャンルを超越した機械にも思えてくる。”戦前に企画され、長い戦争の間にも密かに開発が続けられ、やがて戦後フランス全土の風景を一変させた、農民のために作られた革命的な道具”。それが2CVなのではないか、と。そして、そんなとてつもない道具と肩肘張らず気楽に付き合う原嶋さんに、幸多かれ!

1980年代初頭から2CVと過ごして来た原嶋さんの自宅ガレージ。内に入っているフルゴネットは整備中の友人のもので、手前のAZが原嶋さんのクルマ。

1955年式と言えば、市販開始から既に7年が経過しているが、このAZはまだ各部にクラシカルなディテールを備えている。トランクへの荷物の出し入れは下から幌を巻き上げて行う。室内には燃料計は無く、ガソリンの残量はオイルレベルゲージのような目盛りが刻まれたディップスティックでチェックする。ホイールの裏側には、独特の乗り味に貢献する慣性ダンパーの筒が備わる。

梅雨空の農道に佇む2CVと、手前は最新のシトロエンC3。旧いシトロエンとつがいで楽しむ日常のアシとしても、222万円からというC3の価格帯はポイント高し。

CITROËN C3
2019年で創立100周年を迎えたシトロエン。そのうち40年以上の永きにわたって生産された2CVの撮影には最新のC3で訪問。車幅こそ3ナンバー枠だが、3995mmのコンパクトな全長で、カクタス風味の見た目も新鮮。しかし何より感心したのは、前後のサスがマクファーソンストラット/トーションビームという一般的な形式ながら、2CVの慣性ダンパーや、歴代の”ハイドロ高速巡洋艦”的な、ボデイ・サイズを忘れさせるたおやかな乗り味であったこと。古くからのシトロエン・オーナーも納得だろう。
取材協力:グループPSAジャパン (phone : 0120-55-4106)

1 2