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ウィークエンドの趣味車
そして時々ラリーマシン
フィアット500人生

見た目こそ愛らしいが、結構活発に走ることができる。澁澤さんが愛用しているフィアット・ヌォーバ500の特徴を端的に述べるとそういうことになる。遠方訪問時に装着するルーフラックは伊達ではなく、今日も今日とて東北や北海道の大地を元気よく走り回っている。

TEXT / 高桑秀典 PHOTO / 内藤敬仁
SPECIAL THANKS / 澁澤哲郎

ウィークエンドの趣味車
そして時々ラリーマシン

オーダーメイド・ガレージの中に、欧州車フリークが泣いて歓びそうなクルマばかりを収納している澁澤哲郎さんは、愛車を飾るのではなく、走って楽しむカーライフを満喫している。

現在、ヒストリックカーラリーと、旧車によるサーキットレース/走行会に没頭しており、ここでご紹介するヌォーバ500はヒストリックカーラリーが主戦場だ。2018年の夏にはトロフェオ・タッツィオ・ヌヴォラーリ in 北海道 2018に荷物満載のヌォーバ500で参戦してきたという。

澁澤さんの自宅兼ガレージは福島にあり、ここを拠点として、全国各地で開催されるラリー、レース、走行会に出撃している。

「ガレージの中にクセが強いクルマばかりが並んでいるので、フィアットの存在感が少々希薄ですが、今回の主役はチンクエチェントなんですよね。まずは、ヌォーバ500を買う前に乗っていたフィアット500Lを手にするまでの経緯からご説明しましょうか」

サーキット走行用のオースチン・ヒーレー・スプライトMk1と、ヒストリックカーラリー参戦用のオースチンA35(このクルマでサーキット走行に興ずることもあり)が似合い過ぎているので、筆者の中で澁澤さんといえば英国車オーナーという印象を勝手に抱いていたが、どうやらそういうことではなかったらしい。また、このてヌォーバ500が澁澤さんにとって初めてのフィアットだと思っていたが、以前は500Lに乗っていたこともあるという。

「免許を取ったのが1987年で、22 歳ぐらいのときに中古のミニを買いました。これは1991年式で、ミニマルヤマさんのジョン・クーパー・キットが付いていました。めちゃくちゃ速かったので、その当時住んでいた箱根の山を夜な夜な走り回っていました。走り屋の愛車の主流がFRのAE86からFFのAE92に切り替わりつつある時代のことですよ。その後、ミニバン・ブームに乗っかってオデッセイを買ってみたものの、わずか1年で飽きてしまい、ルパン三世への憧れからアバルト仕様にチューンされたフィアット500Lに買い替えました」

澁澤さんは現在48歳(取材時)で、フィアット500Lを買ったのはそれほど大昔の話ではないが、現行型のフィアット500で東京から福島まで赴いた我々に、往時のエピソードを楽しそうに話してくれた。勢いついでに、約2年ほど愛用したという最初のフィアット500Lについてさらに語ってもらった。

「そのフィアット500Lのエンジンはチューンされていて、排気量が650ccでした。ボディカラーはイエローで、オーバーフェンダーのアセットコルサ仕様でしたね。このときは転勤先の鳥羽に住んでいたので、三重で軽快なドライブを楽しんでいました」

500Lの後、再び国産車を買ったものの、またすぐに飽きてしまったという澁澤さんは、31~32歳ぐらいのときに59年式のビートルを購入。この空冷フォルクスワーゲンは極上車だったが、やむなく手放してしまい、またまた国産車を買ったそうだ。そして、いよいよヌォーバ500を購入する日がやってきた。

「ビートルはフルレストア車でした。本当にいいクルマだったのですが、実はビートルを購入するときにタイプ2 が欲しいという気持ちもあったので、一度国産車に浮気しつつ、2003年にタイプ2を購入しました。64年式のタイプ2を入手したときは勤務地が箱根に戻っており、熱海に住んでいました。その後、名古屋に転勤になり、チッタナポリにあったチンクエチェント博物館に遊びに行ってみたら、59年式のヌォーバ500が売りに出ていたので、2009年に迷うことなく増車してしまいました」

ヌォーバ500を買い、ヒストリックカーラリーに参戦してみると、いきなりクラス優勝を果たし、澁澤さんは40歳にしてラリー競技のオモシロさに目覚めてしまった。いわゆる開眼というやつだ。ちなみに、澁澤さんがこの時分に参戦していたラリーは、筆者も過去に参加したことがあるヒストリックカーミーティング、ジャパンクラシックツアーだった。

澁澤さんがエントリーしていたのは初期の頃で、筆者がお邪魔していたのは最後の頃なので、上記イベントの会場でお会いしたことはないが、近々岡山で開催されるイベントではご一緒させていただくので、いきなりクラス優勝したというその実力を拝見することにしよう。

少し話が脱線するが、ラリー競技のオモシロさに目覚めた澁澤さんは、その後、ラリー専用車が欲しくなってしまいさらなる増車を決意。このタイミングで購入したのが、1959年式のオースチンA35だった。

既述したようにヌォーバ500もヒストリックカーラリーを主戦場としているが、装備的にはオースチンA35のほうが本気仕様となる。ヌォーバ500のほうは助手席にいつもルパン三世の相棒である次元大介が乗っているようなイメージで運用されており、”荷物満載状態”が基本スタイルだ。

以前、筆者は縁あって北海道クラシックカーラリー2017に参戦させてもらったが、そのイベントにエントリーしていないはずの澁澤さん&ヌォーバ500 のコンビと現地で遭遇したので驚いてしまった。なんと、応援に来た(!)とのことで、参加者と同じルートをトレースしつつ、ルパン三世ゆかりの地(北海道はルパン三世の原作者であるモンキー・パンチ氏の生まれ故郷)を訪問するなどして、ヌォーバ500でのモータートリップを満喫したそうだ。

仙台からフェリーに乗って、北海道をグルグル走ると1300kmぐらい走ることになるらしいが、毎回ノントラブルで走破しているという。おそらく澁澤さんのヌォーバ500ほどロングツーリングを頻繁にこなしているチンクエチェントは国内ではごく少数だろう。

澁澤さんは今後もヌォーバ500を駆って、精力的に走り回るはずなので、どこかのイベントで見かけたら声をかけてみてほしい。きっと気さくに接してくれるはずだ。もしかしたら、助手席に峰不二子が乗っているかもしれないが……。

▲澁澤さんは、ヌォーバ500を相棒として、北海道クラシックカーラリー2017を現地で応援し、トロフェオ・タッツィオ・ヌヴォラーリ in 北海道2018も見事に走破してきた。ヌォーバ500は、知床まで走れる実力の持ち主なのだ。

▲チッタナポリにあった時代のチンクエチェント博物館から購入した個体とあって、内外装ともオリジナルの素朴さをキープ。ボディはヌォーバ500 の初期型のモノで、エンジンとトランスミッション(2、3、4 速にシンクロがある)はヌォーバ500 の後期型用となっている。コンディション抜群で、しかも快速なのだ。

▲仕事柄、転勤が多かったが、2013 年に勤務地が福島になり実際に赴任してみると、ヒストリックカーを走らせるのに最適な環境だったので、転勤しないで定着することができる制度を活用し、ガレージと自邸を同じタイミングで建てたそうだ。