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NEW CAR

最後に乗るべきクルマ。
行き着く先は、セブンかモーガンか
SEVEN or MORGAN?

ほとんどのクルマは"走る、曲がる、止まる"といった基本的な礼儀作法を、"安全・快適"と共に、ほぼ完璧にマスターした。そんな時代に素朴な昔話を語るのは、風車を龍と見間違え突進する時代遅れのドン・キホーテなのだろうか。いや、決してそんなことはない。モーガンとセブン、現代に残された自動車界、奇跡の2台を"最後に乗るべきクルマとして選ぶ"、このことに逡巡するのは、まさに趣味の正義なのである。

TEXT / 吉田拓生 PHOTO / 田中秀宣
SPECIAL THANKS / 取材協力:モーガンカーズ・ジャパン (https://www.morgan-cars.jp/)ウィザムカーズ (http://www.witham-cars.com/

最後に乗るべきクルマ。
行き着く先は、セブンかモーガンか

最後に乗るべき新車の”クラシック”

クルマ趣味人にとって最後に乗るべきクルマ選びは難しい。それは物語の最終章であり、長年の経験から編み出された結論であり、知的好奇心が満たされるものでなければならないからである。伝統に則り、長寿で限りなくシンプルなスポーツカー。新車として手に入れられるクラシックカーはその最適解といえる。

断捨離グルマであがりたい

最後の晩餐は豪華なフレンチのフルコースではなくシンプルな卵かけ御飯がいい。日本人なら当然の選択だろう。きゅうりの浅漬けと海苔の味噌汁があれば言うことなし。

クルマの選択に例えるならば、それはセブンであるべきだ。質素な木造の小屋に、ロータスかケーターハムか、まあどちらでもいいのだけれど、オープン状態のセブンがスタンバイしていればクルマ好きはそれだけで幸せなまま人生を締めくくることができる。

50年代に誕生したクラブマンレーサー由来のヒストリー、英国伝統のハンドビルト、ロータスの原種に限りなく近い、しかし新車で手に入る1台。セブンを飾る言葉はいくらでもあるが、結局のところ、このスーパー・ライトウェイトスポーツカーを選ぶ理由はこれ以上何も差し引くことのできないミニマムな存在であるということに尽きる。 

家の中に溢れたモノを思い切って処分して断捨離を決め込むことは容易だし、近年はそんな終活が高齢者の間で流行っているらしい。歳を重ねれば、人生に必要なものとそうでないものがわかってくるのは当然だろう。

これと同じように年季の入ったクルマ好きも、何が必要で何がいらないのかがはっきりと見えてくる。純粋なドライビングを味わおうと思ったら現代車のカタログに必ず載っているアルファベット3文字の電気的な機能は全ていらないはずだし、快適装備などと言われるものも五感を鈍らせるだけだ。だがプロダクションカーをいくら軽くしようと頑張ってみたところで、目の覚めるような動力性能を得ることなど出来るわけがない。とどのつまり、クルマ好きは終の1台としてセブンに乗り換えるしかないということになる。

時間が経つほどに重荷を背負って太っていくその他のクルマと比べれば、永遠に500kg近辺、低い体脂肪率でいられるセブンのアドバンテージは広がるばかりである。

2015年にケーターハムが軽自動車規格の160をデビューさせたことは、ケーターハム・セブンの歴史の中で重要な意味を持っている。スズキ製の660ccターボ・エンジンの搭載は時流に則ったセブンにとってのダウンサイジングであり、500kgを切る車重はロータス・セブン時代の古典的なフィーリングの復活でもあったからである。

時代とともに最新のパワーユニットに載せ替えることで排気ガス規制に対応するのは、セブンのルーティンとしてあった。それと並行してセブンは軽さを武器に一線級のスポーツカーにパワーウォーズを仕掛けて話題をさらった。コスワースBDRは純レーシング・エンジンのディチューン版だったし、ヴォクゾール時代にはJPE(ジョナサン・パーマー・エボリューション)の蛍光イエローが話題をさらったのである。バブルから世紀末に向けての時代、セブンの歩むべき方向性としてはあれで正解だったのだと思う。卵かけ御飯にトリュフとフォアグラを載せたら、シンプルとは言い難いシロモノになるけれど、そりゃあこの上なく美味いに決まっている。

そして今現在、ケーターハム・セブンのラインナップにはもちろん狂ったようなハイパワーモデルが含まれてはいるが、時代を反映しつつその核として据えられているのはセブンの末っ子たる160なのである。

セブン160が生まれていなければ、この究極のライトウェイトスポーツを”最後に乗るべき1台”として推すのは無理があった。それは価格的な話ではなく、パワーとドライバビリティのバランスにおいての話である。現在のケーターハムは160の上位にフォード製1.6リッター・ユニットを搭載するセブン270をラインナップしている。だが1トンあたり270psにもなると、サーキットでスポーツドライビングを修得し、体力にも自信のあるドライバーでなければコントロール下に置くことは難しい。ましてや最後の1台として肩ひじ張らずに楽しむような芸当は不可能に近い。

例えセブンの成り立ちや構造を理解していない人であっても、一度このクルマをドライブすればたちまち虜になってしまうだろう。タイトなコックピットとこれ以上ないほどに低いアイポントも刺激的だし、エンジンが放つ生音や容赦ない振動もモダンなクルマにない”リアル”として脳裏に焼き付くはずだ。

実際にセブン160をドライブしてみて、これまでのセブンと何が違うのか? なぜ楽しいのかを考えてみると、答えはすぐにはっきりとした。スロットルの全開率が高いからである。700psオーバーを標榜するスーパースポーツカーを、持てる力の数パーセントほどで走らせるよりも、3気筒ターボをレブリミットまで回しきって80psを全開放した方が楽しいのは当たり前の話である。

最後に乗るべきクルマを選ぼうとしているような人は様々なクルマ経験を積んでいることが前提だから、公道と大パワーが相容れないものだという事実を嫌というほど理解しているはずである。パワーなんてものはそこそこあれば充分。ギアも5速くらいがシフトポジションを覚えやすくてちょうどいい。シャシーは多過ぎることのないエンジンパワーをスポイルするような鈍重な物であってはならない。かくしてセブン好きにはセブン以外の選択肢がなくなってしまうのである。

“最後のクルマ”という落ち着いた響きは、奥方への通りもいい。コミコミ500万円程度の車両価格は安くはないが、全く不可能な金額でもないはずである。いやいや、数ある趣味グルマの中ではリーズナブルといえる。

さて、まんまとセブン160を手に入れたあなたはどうやって楽しむべきか? そこに至ってゆめゆめ、サーキットなどに行ってはならない。それはクルマ趣味に目覚めて日の浅いヤル気満々の人がハイパワーのセブンでやることなのだから。卵かけ御飯を何秒で食べられるか? 時間内に何杯食べられるか? 全くもって無粋な話である。

セブン仲間とツーリングに出かけるという楽しみも、こと”最後の……”というテーマにはそぐわない。誰かのペースではなく、自分のペースで走るべきだし、近頃主流の小型無線機で仲間とグループ会話しながら走っていたりしたら、セブンとの濃密な対話など成立するはずがないからである。

よほど天気に確信が持てるならば、荷物を宿に送って夫婦で短い旅行に出るのもいいだろう。もちろん平日に、敢えて高速道路は使わず、法定速度を順守してサイドスクリーンだけ付けたセブン160を走らせる。例え法定速度内で走っても充分に刺激的であり、コーナリングを楽しめることがセブン160のメリットなのだから。

セブンを自転車のように使えたら、
相当カッコいい

計画的な旅行もいいが、普段のなにげない買い物等にセブンで出向くというのも悪くない。これはセブンを楽しもうと思ったら革ジャン羽織ってワインディングに行かなきゃ! という若々しさの対極にある感覚といえる。細身のシューズだけは譲れないが、あとはカジュアルな装いで構わない。肩の力を抜いてドライブし、駐車場に止める時はもちろんオープンのままがカッコイイ。セブンを自転車のように扱えたら、相当にカッコイイはずである。まあ人にどう見られるかを気にしているようではまだまだなのだが……。

クルマ好きの人生にとって、最初に乗るクルマはさほど重要ではない。時間はこの先たっぷりとあるが物欲だけが先行して、まだクルマを選ぶ眼が育っていないからである。だが”最後に乗るべき1台”に妥協は許されない。その最適解はセブンにある。

シンプルなシャシー構造とオープントップのボディを持つセブンだけに、細かな意匠が全体の印象を崩しかねない。エンジンと同じく日本のスズキから供給を受けている鉄ホイールの見た目はヒストリックカーそのもの。アルミ製のフューエルリッドは他のケーターハムと共用。3気筒エンジンは完全なフロントミッドシップに収められる。
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