Alfa Romeo Montreal無国籍のビーナス

2020.06.05 イタリア(ITALIA) アルファロメオ(ALFAROMEO) 希少車 モントリオール マルチェロ・ガンディーニ ティーポ33
いくら万博の絡みがあったからとはいえ、モントリオールと呼ばれると、正直違和感は隠せない。その名が故か、歴史的に異端と見られがちなスペチアーレ。その魅力を現代の目線で味わう。
TEXT:渡辺敏史 PHOTO:神村 聖

SPECIAL THANKSガレージ日英(http://www.garage-nichiei.jp/

辺鄙な2ドアクーペに
委ねられた、人類が共有すべき
明るい未来が示す役割

50年代後半以降、フォーミュラの世界で一気に普及したミッドシップパッケージ。やや遅れて60年代後半、スポーツカーの世界にもそのムーブメントが降って湧いた。映画で一躍その存在が知れ渡ったフォードGT40のル・マン連覇も然り、1967年に量産が開始されたランボルギーニ・ミウラも然り。ここから一気にプロダクションモデルにもミッドシップの波が押し寄せ、70年代にかけてイタリアを軸にスーパーカーカテゴリーが確立されていく、その流れはご存知の通りだ。

その最中、アルファロメオはスポーツプロトカテゴリーに投入したミッドシップのレーシングカー、ティーポ33のストリートバージョンとなるティーポ33/2ストラダーレをリリース。フランコ・スカリオーネが手掛けたエクステリアは時に神の造型と称されるほどの美しさを讃えるも、内容的には公道走行を前提としながらレースコンストラクションと変わらぬ過激なスペックを持つこのモデルは、新車当時、件のランボルギーニ・ミウラをも遥かに上回るプライスタグが掲げられた。結果的にそのモンスターは、当時のFIAが求めるグループ5スポーツカーカテゴリーのホモロゲーションに届かない18台の販売に終わったとされている——そんなティーポ33/2ストラダーレに搭載されたV8エンジンをFRでパッケージしたモデルとして企画されたのが、モントリオールというわけだ。

モントリオールのプロポーサルが最初に示されたのは1967年に行われたモントリオール万博になる。イタリア政府の要請を受けたアルファロメオは、ジュリア系の車台をベースとしたコンセプトカーを企画、ベルトーネが架装を担当したウニベルサルなるモデルが展示された。

デザインを担当したのは当時ベルトーネに在籍した、かのマルチェロ・ガンディーニ。氏のデザインはベースシャシーの関係もあってプロホーションこそFRながら、かつてカングーロがフロントフェンダーに配した幾何学的なエアアウトレットをリア側に配するなど、どことなくミッドシップへの憧憬を匂わせるものだった。もっともコンセプトカーであるがゆえ、その辺りの技術的な裏付けは問われないという想いもガンディーニにはあったのかもしれない。

ちなみに当時のモントリオール万博のテーマを調べると”人間とその世界”だったという。そしてウニベルサル=ユニバーサルの意味は”全世界的”や”一般的”、”共通的”などの意がある。当時、人類が共有すべき明るい未来を示す役割がクルマに託されたこと、辺鄙な2ドアクーペにそれが委ねられたことに、社会のクルマへの期待値が現在とは段違いだったことを思い知る。

モントリオールはこのウニベルサルをデザインのベースとして、ジュリア・スプリントGTの車台をベースに開発に移された。ディメンジョンは大きく変わらずホイールベースは同一、トレッドが若干広がった程度だが、ブレーキが4輪ディスク化されるなど、運動性能にまつわる項目は逐一強化された。

ベルトーネ時代のマルチェロ・ガンディーニは、ランチア・ストラトス、ランボルギーニ・ミウラおよびカウンタック、そしてアルファロメオではこのカラボなどを描いた。そんなガンディーニが描いたモントリオールを”FR版ミウラ”と解釈すれば、途端に見え方は変わってくる。特にBピラーから後半に、面影を発見できるだろう。

破格に奢られたエンジンを
載せた理由とは

なぜシャシー側の強化が必要だったかは、搭載されるエンジンに理由がある。ウニベルサルの時点ではジュリア・スプリントGTの1.6リッター4気筒と発表されていたが、商品化に際してはマーケティング的な事情に加えてティーポ33/2ストラダーレの関連費用相殺の思惑もあってだろう。それに搭載されるV8ツインカムが押し込まれることになった。

カルロ・キティが設計したレーシングユニットをベースとした2リッターユニットは、モントリオール用に2.6リッターまで拡大。スピカのメカニカルインジェクションも継承されるが、扱いやすさも考慮されたチューニングが施される。最高出力はストラダーレの2リッターと同等の200psを6500r.p.m.で発揮。9000r.p.m.を常用していたというコンペツィオーネに比べれば至ってマイルドだが、それでも当時の水準からいえば図抜けてスポーティなキャラクターのエンジンだったと言っても過言ではないだろう。

今回取材に供されたモントリオールは、新車時に正規輸入されて以来、ずっと日本に棲む個体。保管状況は相当に良かったようで樹脂ものの欠損や劣化などもみられず、機関装備面ではオリジナル状態を完全に保っていた。ちなみに当時のディストリビューターだった伊藤忠オートを通じて日本に輸入された数は10台。総生産台数は4000に満たない3925台とされている。

ジャガーEタイプの下取りで入荷したというこの貴重な個体にストックするガレージ日英の計らいで短距離ながら試乗することも出来た。最新のクルマのように短いクランキングでズオッと始動するエンジンのサウンドは背景を知るに些か従順に思えるが、実際に街中でもクラッチリンケージなどは変な癖がなく、低回転域からのトルクも力強く……と望外に扱いやすい。そして走り始めると際立つのも乗り心地の丸さや車体挙動の穏やかさといったアルファロメオらしい一面だ。

但しそのイメージとは裏腹に、操舵応答性は結構機敏に仕上がっている。純正のヘレボーレではちょっと大径に過ぎるかというレスポンスの良さは、より正方形に近づいたホイールベース&トレッド比によるところも大きいのだろう。しかし、いかにもイタリア車らしいダブルナセルの円内にポップにインテグレートされた補機類の視認性や、全体のデザインとの調和を慮るに、このディープコーンステアリングはよく似合っている。

モントリオールは万博よろしく、アルファロメオにとっては未来へのリーチを提示する大きな機会であっただろうことは、こういうディテールからも察せられる。だからこそ破格に奢られたエンジンも載せられたわけだろう。これをもってスーパーカーの一群とするには些か気が引けるが、モントリオールはアルファロメオにとって間違いなくドリームカーだったのだと思うのである。

取材した車両は英国車の老舗ショップ、ガレージ日英の販売車両。日本国内わずか10台とされるディーラー車のうちの1台で、走行距離は5万7000kmとなる。内外装レストア済み、車検2年付きで、価格はASKだ。
ティーポ33由来の2.6リッターV8を搭載するモントリオール。最高出力は200psで、スピカ・メカニカルインジェクションを採用している。ディメンジョンは全長×全幅×全高が4220×1670×1200mmと、見た目のイメージより実際はかなり小さい。2連メーターにディープコーンのステアリングなど、室内はいかにもこの時代のアルファロメオだ。