LOTUS SEVEN Sr.1 1957〜身近な1台に50年代を垣間見る

イギリス(UK) ロータス(LOTUS) 50年代 スポーツカー クラシックカー ライトウェイト セブン
全身アルミニウムの甲冑のようなカウルを纏ったセブン・シリーズ1。車重400kgを切る個体もある、この究極のライトウェイトスポーツカーはロータスの歴史の源流域を感じさせる構造と、50年代のクラブマンレースシーンを震撼させたロータス・ブランドのポテンシャルを現代に伝える語り部といえる。存在としても身近で、いつの時代も安定した現実的な価格帯にあるセブン・シリーズ1の魅力を検証してみたい。
TEXT:吉田拓生 PHOTO:山本佳吾
SPECIAL THANKS:ウィザムカーズ(https://www.witham-cars.com/

セブン・シリーズ1は1台だけ、
別次元の乗り物

ヒストリックカーの車両価格は諸刃の剣だ。相場が下がれば”相応の扱い”を受け、部品の再生産も行われずクルマ自体が朽ちてしまう。一方高くなり過ぎれば実はそのクルマのことなど好きでもないような金持ちが出てきて投機対象として別世界に持ち去ってしまう。

我々クルマ好きはいつも、自分たちに最適なクルマを探している。それは何よりドライブしていて楽しく、所有しているだけでも満足感があり、車両価格や維持費がそれほど高くなく(ここには大いに個人差があるが)、そして巷にあふれていない、そこそこの希少性という点も重要となる。

楽しい、満足という点は全く個人の趣向なので問題になるまい。壁として立ちはだかるのはコスト的な話ではあるまいか。朽ちてしまうほど安いわけでもなく、自宅よりも高いようなシロモノでもない。そして”我々にとって妥当な価格”がこの先もずっと続くであろうクルマ。恐らくその数少ない、しかし最高の選択肢こそがセブンなのである。

我々は”セブン”というひとつの言葉によってロータス・セブンを纏めがちだ。しかしFRP製のエンベロープ・ボディを持ったシリーズ4と、それ以前のセブンたちを見ればその違いは明らかだし、16年ほどの製造期間に跨る4つの世代のそれぞれに実は明確な個性、使命が宿っていた。

中でもロータス・セブン・シリーズ1は別格だ。世界中のあらゆるスポーツカーにおいても、最初に生まれたモデルは特別な扱いを受ける。それは作り手の精神が最もダイレクトに注入された結果であり、実際にカスタマーの手に渡って改善点が発覚し、妥協が混じる前の純粋な存在だからである。だがセブン・シリーズ1を別格とする理由はそれだけではない。それはロータスの源流へと繋がる歴史的な1台だからだ。

鋼管とアルミニウム板で構成されたこのクルマの原初を辿れば、容易にコーリン・チャプマンの3作目、ロータス・マーク3に辿り着ける。オースチン・セブンのA型フレームを流用していたマーク1、2に対し、初のオリジナル・フレームを持っていたマーク3は、当時英国で流行していた750モータークラブのレースに勝つためのフォーミュラマシーンだったのである。

叩いて曲げたアルミ板で形成されたセンターボディと、やはりアルミ製のフェンダーで覆われた4つのタイヤを持ったマーク3の構成は、まさに原初のセブンを思わせる。そんな現代に通じる一流スポーツカー・ブランドの草創期の作品が、すぐ手に届くところにあることを我々は忘れがちではないだろうか?

ロータス・セブン・シリーズ1の生産台数は諸説あるが、243台としているケースが多い。これは50年代の一線級のスポーツカーの生産台数としては決して少なくないが、それでもたったの243台であり、この数字はこの先増えることはもちろんだが、減ることもないだろう。一定の評価があり、しかしシンプルな構成のセブンは容易にレストアすることが可能だからである。流通価格は海外において800万円しない程度だから、これも数の限られた決定的なスポーツカーとしてはリーズナブルな部類に入る。

最近の一部のヒストリックカーのようにロータス・セブン・シリーズ1の価格が高騰しないのはなぜか? それは出自とヒストリーの曖昧さゆえだろう。良く知られているように、セブンは完成車としてもデリバリーされているが、カスタマーに安く供給する手段としてキットカーとしても普及している。243台というセブン・シリーズ1の中には自宅の裏庭でアマチュアが組み立てた個体も少なくないのである。それ自体は現代において全く問題にはならないが、当然のようにシャシーナンバーの管理は甘く、現在のロータス社でもセブン・シリーズ1の生産記録は管理されていない。少量生産のヒストリックカーとしての価値を高める構造が存在しないのである。

この事実は投機目的の人物にはバッドニュースに違いないが、実践的なファナティックには朗報と言えるだろう。セブンはだからいつでも我々の身近にいて、これ以上ない存在であり続けてくれるのである。

セブン・シリーズ1の魅力を決定づけているのは、フルアルミのボディパネルだろう。アルミの地肌を剥き出しにするのは”カッコツケ”ではなく、塗料による重量増すら嫌い、塗料代すらケチりたいほど財布の軽いクラブマンレーサーの乗り物だったからである。セブン・シリーズ1と同じ時代、ロータスはセブンの倍ほどの価格でイレブンを売っていたが、アルミニウム製のフルエンベロープボディはぶつけた時のコストが高いとして敬遠されていたほどだ。

ケータハムに乗っていたようなドライバーがセブン・シリーズ1のコックピットに収まり走り出したら、ちょっとした驚きを禁じ得ないだろう。とても”セブン”などという一言で括れるものでないと直感するはずである。これはセブン・シリーズ2との間にも存在する厳然たる違いなのだが、セブン・シリーズ1は一般的なライトウェイトスポーツカーの常識が通用しないほどに軽く儚い。車重300kg台のシリーズ1のロードホールディングは、トレッドの細さも手伝って実は盤石なのだが、重いクルマのそれに慣れた人にはなかなか十分な接地感が伝わってこない。

一方フォード・サイドバルブやBMC Aシリーズ・エンジンを積んだ個体であっても、そのスピードは相当なもので、ここにも感覚的なズレが存在する。ヒストリックカーという括りの中にあっても、セブン・シリーズ1は1台だけ別次元の乗り物なのである。

だが見方を変えれば、セブン・シリーズ1はその親しみやすい存在感(そして価格)からは想像もできないほど高尚なモデルとも言える。50年代の急進的で尖っていた時代のロータス、奇才とも言われるコーリン・チャップマンという人物の精神に直に触れることができる稀有なスポーツカーといえよう。

我々にはセブン・シリーズ1がある。

それは身近にいるからこそ気づき難い、偉大なるヘリテージなのである。

シリーズ1のカタログ。平面のフロントガラスのみならず、ボンネット上やサイドなどにも平面が目立つ。クラシック・ミニが500ポンド弱の時代、キットカーのセブンで500ポンド強、完成車は1000ポンドほどの価格だった。

アルミの地肌剥き出しのボディが原始的な魅力を放つセブン・シリーズ1。この個体はBMCのエンジンを積むが、フォードやコベントリークライマックス製のエンジンも搭載した。マーク6やセブン、エリートといったモデルによってロータスは量産化を模索し、世界を代表するライトウェイトスポーツカーメーカーへの基礎を築きあげた。

Pittsburgh Vintage Grand Prix