LOTUS SEVEN Sr.4 1970〜ロータス・セブン界のケンメリ

イギリス(UK) 70年代 FR ロータス(LOTUS) スポーツカー オープンカー クラシックカー ライトウェイト 2シーター セブン
時代を超越したクルマと、時代性を色濃く身に纏ったクルマ。セブンは本来前者の代表選手のはずだが、シリーズ4だけは違う。むしろ1970年代の空気そのものを体現したかの様な、独特の存在感。セブンのシリーズ4とは、クルマだけを感じるのではなく、あの時代のけだるい雰囲気も込みで味わうという、ちょっと高度なアソビゴコロも併せて暮らしてみたい。
TEXT:長尾 循 PHOTO:平井大介
SPECIAL THANKS:ガレージシルバーストーン(http://www.gss-net.jp

多かれ少なかれ、クルマというものは生まれた時代の空気感を身に纏っているものだ。しかし、それが傑出した性能や機械的な個性を強く持っている場合はやがて、”時代を超越したクルマ”として人々の記憶に刻まれていく。その一方、あの時代だからこそ生まれたクルマたちというのも、確かに存在する。

アメリカ西海岸に端を発した”バギー・カルチャー”とも呼べる、カスタムカーを核としたムーブメントが現出したのは1960年台半ばのこと。ごく簡単に言えば、現地の好き者たちが中古の空冷VWのシャシーに、FRP製のオープン・ボディを載せたカスタムカーで遊ぶ、というのがその始まり。現地にはメイヤーズ・マンクスやEMPIインプなどに代表される”メーカー”も登場した。その余波は気候や風土も異なる日本やヨーロッパにも波及し、明るく陽気な”バギー的なもの”は、世界中を席巻した。

やがて1970年代を迎えると、クルマの世界も様変わりした。古典的なフェアレディSP/SRは快適なフェアレディZとなり、レース界を席巻した”ハコスカ”はケンとメリーの”愛のスカイライン”へと変わっていった。それはあたかも、クルマたちが無邪気な少年時代を終え、モノ想う思春期を迎えたかの様にも見えた。1960年代後半から70年代初頭にかけて花火の様な隆盛を見たバギー・カルチャーは、少年たちの最後の羽目外しだったのかもしれない。

そんな時代の変換期にあったイギリス。シリーズ3セブンはどう控えめに見ても前時代的なスポーツカーであった。そもそも前衛と革新を是とするロータス。チャップマン自身がすでに興味を失っていたという”前時代的な”シリーズ3とはいえ、シンプルでピュアなスポーツカーには一定数のファンは存在していたわけで、やはりセブン的なスポーツカーは、ビジネス上も必要だったのだろう。そんな状況の中でロータスが出した答えが、新世代のセブンたるシリーズ4(最先端のバギー・カルチャー風味)だったのだ。

シリーズ4は、アルミパネルを貼ってバスタブ型にした鋼管スペースフレームの上に、フルFRP製のボディを搭載。セブン一族にしか見えない外観をキープしつつ、アルミのパネルや鋼管フレームが室内に露出しない現代的なインテリア、高速道路の料金所でサイドカーテンを開ける必要の無いスライド開閉式の窓といった、他のスポーツカーにも負けない(?)快適装備の数々を手に入れたのである。

かつての取材では別の個体、OHVエンジンにハードトップ付きという仕様のシリーズ4に乗ったことがある。それは、シリーズ1とも2とも3とも、そしてもちろん後のケータハムとも異なる印象で、どちらかというとMGミジェットのマーク4に近い親しみ易さ。決してカニ目のストイックさではなく。約1000台といわれる生産台数は、歴代ロータス・セブンの中でもシリーズ2に次ぐ多さ。その親しみ易さや時流を取り入れたデザインによって、ロータス製スポーツカーとして、それなりの成功を収めたのである。

このシリーズ4が生まれた時代背景をも含め、自宅のガレージへ収められるならば、おそらくそのオーナーのセブン人生は、何人たりとも追いつくことの出来ないものとなるはずだ。

誰もが認める
“時代を超越した名車”だけが
価値を持つとは限らない

どう見てもセブンにしか見えないが、しかしその生まれた時代背景から機械としてのディテールに至るまで、他のセブンとはひと味異なるシリーズ4。イギリスのサーキットよりもアメリカ西海岸の明るい陽射しが似合いそうな佇まい。
フロント以上に印象の異なるのがリアスタイル。FRPボディと一体化したグラマラスなアフェンダーが特徴的。いかにも”型からの抜きやすさ優先”を感じさせる直線的なボディも、好みが分かれる部分。
ロータス・セブン時代のモデルとしてはシリーズ2に次ぐ、約1000台と言われる生産台数を誇るシリーズ4。デビュー当初は”1970年代のセブン”と謳われた。撮影した個体は九州福岡のガレージシルバーストーンで販売されていた車両。同社の行武社長が1980年、20歳の時に購入。以来、ずっと手元にあったそう。現在はドイツ車がメインながら、店名が同氏の英国車好きを表している。パーツリストなどの資料も残されている。

エスコート用の1.3リッターOHV、コーティナ用の1.6リッターOHV、ロータス・ツインカムが用意されたシリーズ4のエンジン・ラインナップだが、こちらはロータス・ツインカム搭載モデル。ノーズコーンからエンジンフード部分まで一体化されたボンネットは、ジャガーEタイプのように全体が前ヒンジで開くタイプ。
当時流行していたバギーのイメージを取り入れたFRPボディの艶は、あたかもプラモデルの成型色のような印象だ。給油口は左フェンダーの上。取材車のミラーは後の日本仕様ケータハムでお馴染みのカワサキのモーターサイクル用、いわゆる”ゼッツーミラー”が装着されていた。
1970年から73年にかけて生産されたシリーズ4。ちなみにロータスがセブンの生産を中止した後は、その権利を引き継いだケータハムの手によって60台ほどの”シリーズ4″ケータハム・セブンが生産されている。
シリーズ4のフロントサスペンションは、同時代のヨーロッパのものをベースにした”本当の”ダブルウィッシュボーン。低い位置に取り付けられたフロント・スタビライザーなどの特徴も一緒だ。エスコート用を流用したリアアクスルは新設計の4リンク式。シリーズ4はサーキットとは少しだけ距離を置いたスポーツカーとして、それなりの成功を収めたのである。