ハイパワー&スポーツ好きが何故いまこのクルマに!?BMWの達人がイセッタに惹かれる理由

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BMWのチューナーで、モータースポーツ活動も並行して精力的に行うスタディ。その代表の鈴木さんが最近イセッタに夢中なのだという。一体何故この小さなクルマに惹かれるのだろうか?
TEXT:木下隆之 PHOTO:内藤敬仁

SPECIAL THANKS:Studiehttps://www.studie.jp

PROFILE

右:鈴木BOB康昭さん
BMWのチューニングメーカーであるStudieの代表であり、スーパーGTでは監督も務める。2000年までの生産モデルを対象としたクラシックも立ち上げた。

左:木下隆之さん
一昨年からTeam Studieのドライバーとして、BMW M4 GT4を駆ってGTアジアシリーズへ参戦しタイトルを獲得。今シーズンは同チームからS耐に参戦する。

スーパーGTの監督が非力なイセッタを乗り回す

「BOB鈴木氏の好みを探って欲しいのです」

ティーポ編集部からのそんな取材依頼が届いたのは、よく晴れた日の午後のことだ。すでに桜は芽吹き、花弁を広げていた。

「スーパーGTで監督をしているのに、一方で非力なイセッタを乗り回す。その思いが知りたいんです」

インタビューで解明したいのは、氏に秘められているかもしれない発想の二面性だ。BMW専門ショップ「スタディ」オーナーであり、4.4リッターV8ターボの武闘派M6 GT3を走らせるレーシングチームの監督が、わずか298ccの空冷単気筒3輪モデルを嬉々として乗り回す。そんなミステリアスを暴くためのインタビューである。

ただ、それに関する記事を綴るのに、わざわざ取材する必要はなかった。というのも僕は、2018年春からBMWTeam Studieのドライバーであり、公私共に親しく付き合いをさせていただいている。BOB鈴木氏がイセッタに魅せられ、購入に至る経緯をつぶさに観察しているのだ。

Team Studieは今シーズンからスーパー耐久へ復帰。またスーパー耐久では2台のマシンを走らせる。BMWジャパンもバックアップする。

「超極上イセッタ発見(^_^)」

「仕事が手に付きません(・_・)」

「可愛すぎます」

チームが共有するグループLINEに、そんなメッセージが送り続けられていた。普段は真面目な業務連絡が交わされているのに、本来の機能を無視、まるで男子高校の生徒が恋バナを語るように、「イセッタLOVE」に冒されていたのだ。

僕にも、BOB鈴木氏がハイパワーマシン至上主義なのか、キュートモデル愛好家なのか、好みを測りかねることがある。だが答えは明白だ。その両方なのだ。そしてその根底には「BMW LOVE」がある。とにもかくにも、バイエルンの青い空と白い雲をあしらったBMWエンブレムがつくものすべてがLOVEの対象なのである。

「僕がどうしても欲しかったクルマが二台ある。一台はM1。もう一台がイセッタなんです」

この日インタビューのなかで、改めてそう言った。

「M1はもう天文学的な価格になっている。億を超えている。もう手が届かない。でも、イセッタならなんとかなる。22万台も生産されているから……」

1978年にデビューしたM1は、総生産台数が477台だったと、とある資料にはある。となればまともに現存する個体すら限られている上に、よしんばベストコンディションに保たれていても、コレクターの所有する豪華なガレージか自動車博物館で退屈な余生を送っているに違いない。だが、22万台も世に出回ったイセッタなら……というわけである。

イセッタの生産台数は16万台とも22万台ともいわれているから、当時の自動車市場規模から想像すると、驚異的な大ヒット作といえる。それが令和の現代にまで残り、BOB鈴木氏の前にポロリと現れた。運命の恋の糸は、ある一点で結びつくのだ。

全長約2.3mのボディにギュッと詰め込まれたパッケージ。エンジンは後輪軸前に搭載されている。
長身の鈴木さんもすんなりと乗れる乗降性とパッケージの良さ。通勤(往復約70km)も、これで通うことがあるそう。疲れるそうだがそれ以上に楽しいという。

BMWの経営危機を救った救世主

イセッタは元々イタリアのイソ社が開発したモデルである。だが1955年、イソ社の経営が悪化、救いの手を差し伸べたのがBMWだった。BMWはイセッタのライセンスを取得するとBMWの二輪エンジンを搭載、イセッタ250を発売。マイナーチェンジを機に排気量を298ccに拡大、イセッタ300を生産する。さらに右ハンドルのイギリスマーケットに進出。イギリスの軽減税率に合わせ、後輪を1輪にした3輪イセッタを開発。BOB鈴木氏が所有するのは、希少なイギリス3輪仕様モデルである。

「3輪イセッタが欲しかった?」

「いえ、違うんですよ。たしかに3輪は希少ですが、目的は右ハンドルである点です。右ハンドルを捜し求めていたら必然的に3輪仕様になったというわけです」

「右ハンドル主義?」

「そもそも僕は左ハンドルが理想なんですよ。左足でクラッチを踏み、右手でシフトレバーを操作する。人が歩くときには、左の足を前に伸ばしたら右手が前に出ますよね、そんな左右のバランスが自然だと思っています。だから左ハンドルが好みです。けれども、イセッタの左ハンドルではそうはならない。なぜならば、左ハンドルのシフトレバーは左側に、右ハンドルは右側にシフトレバーがくる。シフトレバーがフロアから伸びるほどのスペースがありませんし、機構的にもそうはならないから、左右の壁に埋め込まれているんですね。クラッチは共通して左側だから、イセッタに関しては右ハンドルの方が僕の理想に近くなるんです」

実に興味深い理論を教えてくれた。なるほど走りに一家言あるBOB鈴木氏ならではの洞察である。

「僕が欲しかったその個体が偶然にも日本にあった。購入を迷ったのは一瞬だけ。ほぼ即決ですよ」

その様子は心理描写も含めて詳細に把握している。当時のLINEはほぼ、その話題で埋め尽くされていた。

「実はもう一台、イセッタを購入してしまったんです。BMWワークスドライバーのアウグスト・ファルフスがそれを所有していた。それを譲り受けたんです」

二人はブライベートでも親交が深い。

「今はBGTBに飾ってあります」

BGTBとは、台場にあるBMW東京が展開する巨大な発信基地である。

「あれは展示用です。今日取材していただくのは、走り倒していますよ。通勤でも使っていますしね」

そう言って眼を細める。

鈴木さんのイセッタは1962年式の300。前期型の特徴は三角窓で、後期型はスライドウインドウとなる。
空冷単気筒OHVエンジン。当初は256ccだったが、すぐに298ccとなった。
シフトレバーがボディ側面にレイアウトされるので、右ハンドルが右シフトとなる。ステアリングを抱え込むようなポジション。
ドア側にステアリングコラムが装着されるので、一緒に持ち上がる仕組みとなっている。
メーターは逆時計回りとなる。最高速度は80km/h弱。
全幅1380mmと狭いながら大人2人が座れるシート。形状、見た目共に座り心地はベンチの域を出ない。
タイヤは現在のスクーターサイズと同じ10インチを採用。スチールホイールにセンターキャップの組み合わせ。
ボディサイドに装着された丸いヘッドライトによって、親しみのある顔つきとなっている。

TOPICS 多くのバリエーションが
ラインナップされたイセッタ

BMW 600は、イセッタをベースに後部座席が取り付けられたもの。リアにセミトレのサスが採用された。
リアのキャビンを大胆にカットして荷台をつけたピックアップ。荷物を積むのには便利な機能だ。ヨーロッパの狭い街並みで重宝しそう。
サイズが小さく機動性の良いイセッタは、様々な用途に使われた。写真はドイツ北部に位置するニーダーザクセン州で使われた警察車両。
イギリス仕様は税制の関係から後輪1輪の3輪だったが、他の欧州や米国では後輪2輪の4輪だった。リアはリジッドという潔さだ。

温かい視線が嬉しいんですよ

いやはやそれにしても、全長2285mm、全幅1380mm、全高1340mm。その卵形ボディは、大人二人が抱えて運べそうなほど小さく軽い。輸送にキャリアカーを準備する必要はないというから笑える。イセッタユーザーは、ハイエースの荷室に積み込んで移動するというのだ。ますます可愛さがつのる。長身のBOB鈴木氏が手を添えると、その対比が際立つ。大きな男と小さなクルマが、思わず笑みが溢れるほどにキュートに映った。

ちなみに、イセッタの最大の特徴は、ドアの開口部が前開きであることだろう。それはイソ社の前身が冷蔵庫を生産する家電メーカーだったことと無縁ではあるまい。

イグニッションキーを捻ると、空冷単気筒ユニットは勇しくテケテケ音を響かせた。コンディションは完璧なレベルまで保たれている。始動は一発で決まり、ギアもスコスコとスムースに吸い込まれる。スタディでは20年以上前のモデルを旧車として定義し「スタディ・クラシック」を展開している。絶版になったパーツの供給を確保し、メインテナンスを受け付けている。その技術があるからこそのベストコンディションなのだろう。

「これで青山や表参道といった都内を走ると、視線が凄いですよね。温かい視線が嬉しいんですよ」

慌ててスマホを構える沿道の人を何度となく確認した。観る人の心を穏やかにするオーラを振り撒いているかのようである。

「これまでの最高速度は72km/hでした。体はクタクタですよ」

そう言って、大きな声で笑った。

ETCが設置されていた。これで高速道路を走るのであろう。シャレが利いているのだ。

「ご存じかもしれませんが、全世界のBMW販売店のカフェスペースは、すべて“イセッタバー”と呼ばれているんですよ」

イセッタはBMWを訪れた人々の、心を和ますための憩いのネーミングなのだ。

あるいはBOB鈴木氏が一方でスーパーGTを闘いながらイセッタを愛するのは、一服の清涼剤をファンに届けるためなのかもしれない。熱く激しいコンペティションの合間に、そっと笑顔で包み込むためのツールがイセッタであり象徴なのであろう。

BOB鈴木氏の柔和な笑顔がそう語っているような気がした。

SPECIFICATION
BMW ISETTA 300
全長×全幅×全高:2285×1380×1340mm
ホイールベース:1473mm
トレッド(F):1200mm
車両重量:350kg

エンジン形式:単気筒OHV
総排気量:298cc
最高出力:13ps/5200r.p.m.
サスペンション(F/R):スイングアーム/リジッド
タイヤ(F/R):3.00×10/4.80×10