Alfa Romeo TZ2"公道レーサー"こそ永遠の憧れ

2020.06.02 イタリア(ITALIA) アルファロメオ(ALFAROMEO) 60年代 スポーツカー GTカー レーシングカー
あるメーカーのひとつの基幹車種が、複数のバリエーションを展開するということは珍しいことではない。戦後、量産車メーカーとしての道を選んだアルファロメオも例外ではない。しかしそこは、110年の歴史の中でモータースポーツの遺伝子を色濃く持ち続けたメーカーならではの矜持があった。いつの時代にもアルファロメオは基幹車種をベースにした"特別な"モデルを用意して来たのだ。それらはもちろん、同社の由来を感じさせるモータースポーツに向けたモデルや高性能なスポーツカー/GT達。そんなスペシャルな歴代アルファロメオを、じっくり取り上げてみたい。
TEXT:長尾 循 PHOTO:神村 聖

SPECIAL THANKS:栃木いすゞ自動車外国車事業部, アルファロメオ宇都宮, ティ・ティ・モータース

今にして思えば、これは非常に幸運なことだったと思うのだが、私が少年の頃、世界ではまだ”公道レース”が行われていた。タルガ・フローリオやツール・ド・フランス、そしてル・マン24時間。さらにモンテカルロ・ラリーやイースト・アフリカン・サファリ……。

いや、部分的に公道区間があるとはいえ、ル・マンはレース時には完全に閉鎖されたサーキットだし、公道を走ると言っても、モンテやサファリはレースじゃなくてラリーなのだが、昭和30年代・ニッポンのクルマ好き小僧にとっては、そのアタリの”子供脳内レギュレーション”はまったくいい加減。要は、街でよく見かける(正確には自動車図鑑で見知った……)スポーツカーやGTやセダンが、いつもは普通の日常生活が営まれている街中(見た事も行った事も無い海外だが……)で競争するという絵面が、まるで映画のワンシーンの様にとてつもなくカッコいい世界に見えたわけである。

ファクトリーからスタート地点まで自走して、レースの後はまたそのマシーンに乗って帰路につく……。そんな例え話も残っていた、ロードカーとレーシングカーの境目が現在よりもずっと緩やかだった1950〜60年代。当時の少年達が憧れたロマンチックな”公道レース”はしかし、徐々に過去のものになりつつあった。年々進化するクルマの高速化・高性能化に伴い、公道を使ったレースの危険度も上昇の一途をたどる。1923年からの長い歴史と伝統を誇るミッレ・ミリアですら、フェラーリで参戦していたポルタゴ侯爵の事故死をきっかけに、1957年にその歴史に幕を閉じている。欧州のオープンロードを都市から都市へ、高性能スポーツカーを駆ってその速度と運転の技量を競うということが、”英雄的な挑戦”から”度を超した蛮勇”という認識に移行しつつあった時代とも言える。

そんな熱く激しい”公道レース的時代”の最後の頃、フロントエンジンの1.6リッター級マシーンとして究極の戦闘力を誇ったのが、アルファロメオのTZ/TZ2だ。各地のレースやラリーの1.3リッター・クラスで大活躍したアルファロメオSZ(1959〜1963年)の後継モデルとして、1963年に登場したTZ。前任のSZが、あくまでもジュリエッタ・シリーズ(ベルリーナ/スプリント/スパイダー/スプリント・スペチアーレ)のバリエーションのひとつとして生み出され、ショートホイールベースのスパイダーのフロアパンをベースにしていたのに対し、このTZは専用の鋼管スペースフレームを用いた、本格的なレーシング・スポーツへと進化を遂げている。その”チュボラーレ(鋼管スペースフレーム)”と、アルファと共に開発を手掛けた”ザガート”の頭文字が、車名のTZの由来である事はご存知の通り。

実戦に投入されたTZは1964年のル・マン、ツール・ド・フランス、タルガ・フローリオでクラス優勝を遂げるなど、早くもアルファロメオの目論見通りの活躍を見せる。ちなみにTZがクラス優勝を果たした1964年のタルガ・フローリオで総合優勝したのは、最新鋭のポルシェ904であった。それまで猛威を振るっていたフロント・エンジンのマシーン達に取って代わるように、1960年代には既にミッドシップのマシーンの台頭が目立つようになっていた。この流れはその後も続き、タルガ・フローリオではその後は長くミッドシップのポルシェ製レンシュポルトの天下が続くことになるのだが、それはまた別の物語。

ともあれ、F1マシーンの後を追うようにスポーツカー/プロトタイプ・マシーンの世界も古典的なフロントエンジンから、ミッドシップ・マシーンへとスイッチしていった1960年代。それでもそんな時代に抗うかの様に、アルファロメオTZはさらにTZ2へと進化を続けた。

TZ2は鋼管チューブラーフレームのシャシーはそのままに、TZの伝統的なアルミボディから、さらに軽量化が図れるFRPボディとなり、ノーズやルーフもいっそう低められた。また、エンジンのドライサンプ化やヘッドもツイン・プラグ化されるなど、さらに戦闘力が高められている。このTZ2もまた1966年のタルガ・フローリオやニュルブルクリンク1000kmでクラス優勝を果たしているが、この頃になるとアルファロメオ自身、既に次世代のミッドシップ・レーシング、ティーポ33のプロジェクトが胎動していたのである。

市販ロードカーにルーツを持ち、公道も走れてサーキットでも早い”公道レーサー”は、”スポーツも勉強も万能、カッコいいけど身近な近所のお兄ちゃん”みたいな存在として、昔から憧れの的だった。自分にとってSZやTZに代表されるこの時代の”特別なアルファロメオ”は、まさにそんな存在である。今となっては、あくまでも純粋な子供時代の憧れというべきか、あるいは無邪気な勘違いというべきかもしれない。それでも自分の旧い記憶の中に、そんな素敵なクルマがいるということは、けだし幸せである。

TZ2の室内、ドライバーの正面にはイェーガーの大径レブカウンター。
速度計は助手席側に申し訳程度に備わる。
鋼管スペースフレームに囲まれたエンジンは、基本的にはお馴染みの"アルファ・ツインカム"だが、ツインプラグ化やドライサンプ化されるなど、戦闘力の向上が図られている。
内装は黒一色のスパルタンなものだが、リアのラゲッジスペースはキルティング地の内張りとなっているなど、機能に徹したレーシング・スポーツとはいえ同時代の無機質なドイツのライバルなどに比べると、やはり華がある。